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韓国-UAE、どのように兄弟国になったのか(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

2009年、ムハンマド・アブダビ皇太子と握手する李明博(イ・ミョンバク)大統領 [中央フォト]

「兄弟国のアラブ首長国連邦(UAE)の安全保障は我々の安全保障だ。アーク部隊は兄弟関係の核心だ」。

14日から4日間の日程でUAEを国賓訪問した尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が、現地に派兵されたアーク部隊を訪問し、激励しながら述べた言葉だ。UAEのムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン大統領も首脳会談で韓国を「いかなる状況でも約束を守る国」と評価し、賛辞と愛情表現を惜しまなかった。「韓国は第2の故郷」という発言もした。

両首脳は今回の会談で「兄弟」「信頼」「核心パートナー」などの美辞麗句を総動員しながら協力関係をさらに強めた。中東の産油国UAEは実際、韓国と特に親しかったわけではない。ガルフ湾のUAEと北東アジアの韓国は、7000キロ以上の空間的距離と異質文化の壁を越えてどのように兄弟国になったのか。

その始まりは李明博(イ・ミョンバク)政権だった2009年のバラカ原発受注当時にさかのぼる。UAEが発注するバラカ原発は建設に約200億ドル、事後管理に200億ドルの計400億ドル規模にのぼる大規模なプロジェクトだった。韓国はフランス、日本、米国などと共に受注競争をしたが、フランス企業アレバの選定が有力であり、メディアもフランスの受注が事実上決定したと報じた。こうした雰囲気で李大統領はあきらめずに終盤の逆転に取り組んだ。

当時の状況は李大統領が退任後に出した『大統領の時間2008-13』に記述されている。李大統領は原電発注の権限を握るムハンマド・アブダビ皇太子に「使節団を派遣して両国間の協力について説明できる機会があればいい」と説得しながら「韓国は非常に強い防衛力を保有し、良い安保協力関係を結ぶことができるはず」と提案した。結局、2009年11月に韓昇洙(ハン・スンス)元首相を団長とする代表団を派遣し、12月には李大統領がUAEを訪れた。結局、粘り強い説得の末、韓国はフランスを抑えて同年12月に受注に成功した。両国の本格的な縁はこのように始まった。

李大統領とムハンマド皇太子の親しい関係は、2011年にソマリアの海賊に乗っ取られた「三湖(サムホ)ジュエリー号」(船長ソク・ヘギュン)事件の時も確認された。韓国政府がアデン湾で捕らえた海賊5人の韓国移送問題に悩んでいる時、海賊問題といかなる関係もないUEAのムハンマド皇太子が王室の飛行機を提供した。李大統領と兄弟の縁を結んだムハンマド皇太子が、尹大統領と首脳会談をしたそのUAE大統領だ。

こうした縁がある李大統領は自身がまいた種が今回の尹大統領の訪問で実を結んだことを喜んだというのが、側近の李在五(イ・ジェオ)国民の力常任顧問の話だ。李常任顧問は「李元大統領が300億ドルの投資誘致を聞いて喜んだ」とし「李元大統領は『当時、野党の反対を押し切ってアーク部隊を創設したのがよかった』と話した」と伝えた。アーク部隊はUAEに派遣された韓国軍の部隊だ。「アーク」とはアラビア語で兄弟を意味する。

両国の関係はずっと順調だったわけでない。文在寅(ムン・ジェイン)政権初期には両国関係が揺らいだ。脱原発政策とバラカ原発受注当時に締結された両国間の秘密軍事協約のためだった。当時の状況に詳しい関係者によると、秘密協約には「UAEの有事の際、韓国軍が自動介入する」という内容があった。秘密協約の存在を認知した文在寅政権が2017年、宋永武(ソン・ヨンム)国防長官を派遣して協約に関する新たな協議を進めようとしたが、失敗した。このため青瓦台(チョンワデ、大統領府)の任鍾ソク(イム・ジョンソク)秘書室長が急派され、なんとか状況の収拾がついたという。

当時、国内では任室長のUAE出張目的が公開されず、論議を呼んだ。政府は現在までこれに関する公式立場を出していない。ただ、李明博政権で秘密協約を主導した金泰栄(キム・テヨン)国防部長官が2018年1月にその存在を認めただけだ。


韓国-UAE、どのように兄弟国になったのか(2)

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