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【コラム】歴史の代わりに神話に執着する韓国政府

ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版

サンデーコラム5/1

「日の光に褪せれば歴史となり、月の光に染まれば神話となる」。小説家の李炳注(イ・ビョンジュ)が大河小説『山河』の序文で書いたのはこの一言だった。今日でも人々に語られる名言だが、最近ほどこの言葉をよく思い出すことはなかった。現政権が約束した「一度も経験したことがない国」という神話の終わりが果たしてどこなのか答えが見えないからだ。

李炳注は神話の方に関心が多かった。詩人チャン・ソクジュの評価のように「彼は作家とは日の光に褪せた歴史を新たに書く復元者と変わらないと考えていた」。歴史とは勝者の記録であるだけに結果だけを問いただすことになるが、作家として彼は無名の敗北者にも発言権を与え、結果ではなく動機に月の光でも照らすことを望んだのだ。

それが一般的なのに、この政府は少し違う。勝利者でありながらも歴史の代わりに神話を追求してきた。勝利の初日から自らの歴史を書いていく考えよりも、過去の勝利者の歴史を否定することに没頭した。根深い被害意識の発露なのかもしれないが、過去の敗北者の濡れた体を月の光にあてて乾かすことに執着した。

この政府はそのように任期の半分をいわゆる「積弊清算」で過ごし、残りの期間には自ら積弊になっていった。積弊清算とは弊害と考えられることを自分たちからしなければ自ずと成し遂げられることだが、暗い月の光の下ではそのような真理が見えるはずがなかった。

彼らが残す歴史が一つもない理由も同じだ。何かをするには明るい光の中に出てきて堂々と競わなければならないが、過ちが隠れる闇の中で無誤謬ばかりを叫び、相手を打倒の対象として接しているため、成し遂げたものは何もない。

残りの1年も出てくる考えがないようで残念だ。地方選挙の敗北で何かを悟ることを望んだが、神話の磁力はあまりにも強かった。未来を心配する合理的な声は依然として陰の下の陰険な声に埋もれてしまう。大統領のために月光ソナタを演奏しながら恥ずかしく求愛していた人物(それも国民を代表する国会議員)を大統領報道官として迎えたのは必然だったのかもしれない。

このように一度も経験したことがない病んだ神話は続く。与党の院内代表という人が殉国烈士とセクハラ被害者を区分できないのはやはり正常でない。不純な意図としか考えられない。殉国烈士と国民、被害者を一度に呼んで「心からお詫びする」と言えば、何を謝っているのか分からない。さらにセクハラの被害者と言うこともない。「被害を訴える人」で済まそうとした思考体系から依然として一歩も踏み出せていないのだ。

青瓦台(チョンワデ、韓国大統領府)が新設した防疫企画官の席にあえてワクチン導入遅延の責任から自由でない人を任命したのも非正常だ。陰謀論の大家が進行する代表的な不公正放送に数十回も出演し、ワクチン導入を急ぐ必要はないと熱弁した専門家だ。その結果は誰もが知っている。防疫模範国だった韓国が海外メディアから「ワクチン幼虫」と嘲弄される状況になった。国民全体の接種率が1けたにとどまり、対象目標の接種率だけを発表しなければいけない疾病管理庁が気の毒だ。

こうした人事をする大統領だから、防疫守則を破って退任参謀と5人で酒宴をするのもおかしなことではない。今年の集団免疫は事実上なくなり、社会的距離の延長で国民の苦痛が倍加する状況で、防疫守則違反者に対する非寛容を叫んだ大統領だったのに。5人会食は禁止で5人晩餐は可能だと弁解しなければいけない中央事故収拾本部の立つ瀬がない。

刑事被疑者が検察総長候補になり、法務長官が検察総長の資格として「大統領の国政哲学との相関性」を公然と表明するのも、彼らの神話の中では全く問題にならない。北朝鮮が西海(ソヘ、黄海)で海岸砲射撃をしても、非武装地帯監視哨所(GP)を銃撃をしても「節制された方向で行われた些細な違反にすぎない」という外交部長官も、彼らの神話を考えれば憤怒することでもない。司法府を政界の反応を気にする集団に転落させておきながら職を賭けるほどのことではないという大法院長も訳なく出てくるのではない。

こうした「一度も経験してことがない」姿はすべて自分たちだけの神話にだけ没頭しているからだ。20世紀を代表する米国の文明史学者ウィリアム・ダラントは『文明の話』で「神話は無能な夫たちの作品」と表現した。神話がすべて女を悪の根と見ているからだ。我々はこのように言い替えることができる。この政府の神話は無能な左派の作品だと。右派を悪の根と考えているからだ。

こういう言葉を付け加えなければいけない。もう月の光に染まった神話の外に歩いて出てこいと。それが正しくなかったことを認め、日があたるところで自らの過ちの部分を確認しろと。他人のせいにせず、自らの実力をつけて堂々と歴史を作っていけと。そのためには右派を悪の根でなく、自らの不足を満たすパートナーと考えなければいけないと。一度も経験したことがない無能と傲慢はこの国の国民が望む姿ではないと。それにまた固執すれば、今度は国民が放っておかないと。

イ・フンボン/中央日報コラムニスト/論説委員/中央コンテンツラボ

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