先月9日、テヘラン都心に集まったデモ隊。トランプ米大統領はイランへの軍事的介入の動きを見せている [AP=聯合ニュース]
アヤンデ銀行は核協定が妥結して外国人投資が集まれば収益創出の動力になるという希望を抱いてイランモールを建設し、2018年にオープンした。しかしトランプ米大統領が同年5月8日、イランと締結した核協定から脱退して経済制裁を再開し、アヤンデ銀行は破産の泥沼に入っていった。結局、昨年10月にアヤンデ銀行は閉鎖し、負債は550京リヤル (約51億ドル)にのぼった。アヤンデ銀行の不動産資産を売却して負債を償還できなければ、イラン政府が国営銀行を通じて莫大な資金を刷らなければならず、そうでなくとも厳しい経済に大きな負担になるという警告通りインフレが襲った。イラン中央銀行はアヤンデ銀行の不正腐敗規模をかなり以前から把握していたが、積極的には動かなかった。アヤンデ銀行の背後に強大な権力エリートがあるためだとの噂が絶えなかった。
◆物価が急騰
時すでに遅し。昨年10月と11月のイランの消費者物価上昇率は50%に達し、米ドルに対するイランリヤルは過去最安値を更新し始めた。2015年7月20日の核合意当時、1ドルは3万2370リヤルで買うことができたが、昨年12月28日には143万2000リヤルを出さなければならなかった。なんと44.2倍だ。韓国ウォンで言えば過去に1400ウォンで買うことができた1ドルに6万1880ウォンを出さなければいけないということだ。
このため電子製品を輸入する商人が最も激しく怒りを表した。ソウルでいうと竜山(ヨンサン)電子商店街に該当するテヘランのチャハル・スー電子商店街の商人が最も安い携帯電話さえも価格が負担で買いに来る人がいない現実にこれ以上耐えられず、昨年12月28日、店を閉めて政府に抗議するデモを行った。イランで最も大きいテヘランの大バザール(Bazar)の商人も加わった。驚いた政府は商人をなだめた。政府の経済失策を認め、中央銀行の総裁を交代させ、要求事項について対話をすると低姿勢を見せた。優待為替レートをなくして自由市場為替レートに統一し、全国民に毎月1000万リヤルずつ4カ月間支給するという対策も出した。
2018年にイランのルハニ政権は経済制裁による為替レート負担を乗り越えるため、為替レートに差を設ける政策を出した。当時、必需品の輸入には1ドル=4万2000リヤル、2次商品の輸入には8万~9万リヤルとし、それ以外は市場に為替レートを任せた。その後、2次商品輸入為替レートをなくし、必需品輸入レートと自由市場為替レートを中心に作動中だった。デモ発生当時、必需品輸入の為替レートは28万5000リヤルだった。そうでなくても厳しかった自由市場の為替レートは昨年9月、欧州国家がイランに対する制裁を復元しながらさらに上がり始めた。このようにこれ以上生活できないという言葉が出てくる状況に経済が追い込まれた。
◆政府寄り商人も経済実情を批判
1979年にイラン革命が成功して以降、大小のデモがあったが、商人が主導したデモは今回が初めてだった。商人はよほどのことがなければデモに加担しない。政局が安定してこそ物が一つでも多く売れるため政府寄りだ。ところが商人たちが経済実情を批判して街中でデモを行ったのだ。
1979年のイラン革命の主役が商人だっただけに、政府が感じる心的負担感は言葉で言い表せないほど大きかった。それで政府は低姿勢になって商人の要求に耳を傾け、為替レートおよび補助金解決策を提示した。しかし経済を崩壊させた権力層の腐敗を摘発して処罰するという約束が抜けた。為替で金を稼いだ人たちを言葉でも懲らしめるという対策がなかった。全国民に4カ月間にわたり毎月1000万リヤルを補助金として支給するといったが、実際の物価を考えると怒りを誘う。デモ発生2カ月前の昨年10月、卵30個入りの1箱が198万リヤルだった。それも130万リヤルから上がった価格だった。ところが先月は500万リヤルに上がった。
イスラムの予言者とシーア派のイマームがパンとナツメヤシを食べて暮らしたと習ったためイランの人々が「予言者とイマームの食べ物」と呼ぶナツメヤシ700グラムの1箱は昨年10月の価格で376万リヤルだった。昨年のイランの最低賃金が月1億400万リヤルであるため、ナツメヤシ27箱を購入できる。政府補助金1000万リヤルではナツメヤシ3箱も買えない。
【コラム】「視界ゼロ」のイラン政局…世俗的民主主義要求あふれる(2)
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