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【韓国梨泰院圧死事故】「3時間CPR」医師が絶望した時…「弘大でもう一杯飲もうか」言葉に鳥肌

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

10月29日夜、ソウル龍山区梨泰院洞のハミルトンホテル近くの路地で大規模な転倒事故が発生した中、翌日の30日未明ハミルトンホテル前近くの道路で救助隊員が担架に事故犠牲者をのせて搬送している。ウ・サンジョ記者

ソウル龍山区漢南洞(ヨンサング・ハンナムドン)で知人に会っていたところ、梨泰院(イテウォン)に何か起こり、心肺蘇生法(CPR)が必要だという話が聞こえた。夜11時、直ちに席を離れて梨泰院に向かって歩いた。到着時刻は11時37分、その時から2、3時間忙しなくCPRを実施した。梨泰院事故が発生した29日夜、国立がんセンター家庭医学科のカン教授(女)に起きたことだ。カンさんは疲れ果て、30分ほど道端に座り込んでいた後、午前4時過ぎに家に帰った。

カンさんは梨泰院の話を聞いた時、「CPRができるから役に立つだろう」と思った。到着した時は戦場に他ならなかった。あのように大変なことが起きたとは分からなかったという。「CPRができる」と言ったら警察が入らせた。事故が起きた路地から取り出した患者が梨泰院地下鉄駅の大通りの所々に横たわっていた。相当数は呼吸困難により顔・唇などが青ざめていた。チアノーゼだった。




市民が横になった患者に熱心にCPRを実施していた。救急救命士が脈拍のない患者のお腹の上にNという文字を書いておいたのが見えた。カンさんもすぐに始めた。毎分100~120回心臓を圧迫した。ゴールデンタイムが4分なので、少しでも止めることができなかった。警察がもつれた患者を分離して大通りに連れてきた。

真夜中を過ぎると、災害医療支援チーム(DMAT)が到着し始めた。彼らが来て患者の容態によって分類した。カンさんはCPRが必要だという判断が立つ患者4~5人の胸を圧迫した。その後、患者を救急救命士に引き渡した。救急車の中でも心肺蘇生法が続いたはずだ。

患者1人はCPRを中断せざるを得なかった。内部臓器に損傷を受けたのか腹部膨満感があり、口や鼻から血が出た。このような患者は医療機器で気道を確保しなければならないが、そのような装備が足りなかった。蘇生の可能性がある患者は気道を確保し、口の中の血を除去した。蘇生の可能性が高くないと判断されれば、他の患者に移った。

カンさんが初めて現場に行った時は心肺蘇生法の人材が患者1人当たり1人にも及ばなかった。時間が経つにつれ、CPRが可能な市民が増え、患者1人当たり3~4人になった。そして、交互にCPRを実施した。カンさんも他の市民がCPRをしていた患者3~4人にCPRを実施した。CPRをあまりやったことのない市民のそばで、胸の圧迫速度をコーチした。カンさんは「一部で女性患者を救助しなかったという話があるが、そのようなことを考える場合ではなかった」と言い切った。

CPR参加者の中で女性も少なくなかった。手を変えながら聞いたら看護師だと言った。看護師たちがカンさんに大きな力になったという。20代のように見えるある女性がCPRに熱中しているカンさんに近づいた。携帯電話で友達の写真を見せながら「もしかして見たことないか」と尋ねた。彼女は「友達と一緒に来たが、私は壁にくっついて生きることができた。友達の手を逃したが…」と涙声で話した。

カンさんは何時までCPRをしたのか正確に覚えていなかった。時間が経つことを感じることができなかったという。あまりにも被害者が多く休む暇がなかった。私の患者が終わると、一人で胸を圧迫する人に駆けつけた。カンさんと市民が一丸となって動いた。

カンさんは先月30日午前3時ごろCPRが終わったと推測する。患者搬送がほとんど終わってCPRをする患者がいない時だったと覚えている。その時、カンさんは道端に座り込んだ。脱力状態だった。30分以上しゃがんで座っていた。漢南洞から出発する時は夢にも思わなかった状況だった。

「今日、一体私が何を見たんだろう」

気を引き締めようとしても、どのような状況なのか分からなかった。あの日、心肺蘇生法を行った市民も同じ気持ちだったはずだ。あちこちで人を探す姿が目に入った。家族や友人を探す、切なくなる姿だった。警察の捜索も続いた。

カンさんは「その日、CPRをした患者の中で脈拍が戻ってきた人はいない。それでも助かったと信じたい」と話した。また「いくらCPRをしても脈拍が戻ってこないことを見て、無能な医師になったように感じた」と自分を責めた。カンさんは「無条件で生かさなければならないという考えしかなかったが、弟のように見える幼い顔、鼻血がついた顔が目に浮かぶ。今死ぬには若すぎるのに…」と述べた。

脱力状態になるまで全力を尽くしたカンさんには、もう一つの悪夢も鮮明に残っている。しばらく水を飲んでいたら、ある20代の数人が「弘大(ホンデ)に行って飲み続けようか」と言うのが聞こえた。カンさんは「その話を聞いた瞬間、身震いした。他人の死の前で何も感じないまま、次の飲み会を探していた。一生忘れられないと思う」と話した。



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