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【コラム】アヘン戦争を見守った日本「中国は全身が病気の患者」(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

豊臣秀吉

◆「中国の代わりに東洋の盟主なった」歓呼

壬辰倭乱直後から19世紀後半まで続いた徳川時代には中国を尊崇して憧れる認識と同時に中国を相対化したり劣等だと考えたりして日本を賛美する認識が同時に現れる。藤原惺窩(1561~1619)らの儒学者が前者を代表するなら、本居宣長(1730~1801)や平田篤胤(1776~1843)らの国学者は後者を代表する。特に平田は「天皇がいる皇国日本こそが、太初以来、最も優れた国として世界に君臨する」と強調した。

1840年に発生したアヘン戦争で清国が英国に屈服したことは日本人の中国認識の変化に決定的な影響を及ぼした。当時、清を相変らず大国と考えていた知識人はこの戦争を契機に清を「柔弱な国」であり「全身が病気にかかってもう治る見込みがない患者」とみなすようになった。また、清を制圧した英国など西欧列強の魔の手が日本に伸びてくることに備えなければならないという危機意識も高まった。一時、清を討とうと主張した佐藤信淵(1769~1850)はアヘン戦争以降、「清の皇帝を説得して英国に復しゅうできる力をつけておくことが日本の安全のために重要だ」と強調した。一種の日中連帯論だった。


戦争以降、「柔弱で壊れた」中国に対する自信は急速に大きくなった。1862年上海を訪問した高杉晋作(1839~1867)は清の現実を直接確認する機会があった。高杉は上海で孔子廟が英国軍の兵営に成り下がってしまったところを見て衝撃を受けた。また「支那人はことごとく外国人から使役されている」とか「清政府の乱政のせいで中国が悲惨な状態になっている」と記録した。同行した別の日本人は清軍の無気力さを取り上げて「日本人一人が清人5人の相手ができる場合がある。1万の騎兵さえあれば清を縦横に蹂躪(じゅうりん)することができる」と強調した。

ついに1894年、日清戦争を契機に中国に対する蔑視と優越感、自信は揺るぎないものになった。日清戦争の勝利以降、日本国民の間では「支那は地図の上でだけで大きく、実際は実力がない」という認識が広がっていった。さらに日本が中国に代わって「東洋の盟主」になったという自負心が天を衝いた。

時間がさらに流れ、危険な清を独立国として保全させる義務が日本にあると強調する主張も現れる。清が列強の手に落ちて日本の国益が侵害されることを防ぐために「中国領土を保全して(支中)」「中国を正しい道に導くために」日本が先に立たなければならないという立場だった。内田良平(1874~1937)は1911年に発生した辛亥革命を支援して、中国を「料理」しようとする目的でいわゆる支那改造論を提示したことがある。

中国に対する優越感と自信は満州事変が起きるころに極限に達する。1929年、池崎忠孝は中国と戦争を起こした場合、陸軍3~4個の師団と艦艇3~4隻さえあれば大陸を掌握することができると豪語した。そして周知のように日本は1937年中国に対する全面的な侵略に出る。迂余曲折があったとしても2000年近く「憧憬の対象」だった大国を「征服」するという無謀な冒険に出た。

1945年8月15日、国民党主席の蒋介石はラジオ放送を通じて抗日戦勝利に関連する演説を行った。核心は降参した日本に対して報復しないということだった。具体的には「日本の暴行を暴行で報復したり、日本の誤った優越感を彼らを侮辱することによって懲らしめたりしない」という宣言だった。中国共産党は蒋介石の宣言に反発したが日本は感激しないわけにはいかなかった。

◆日本人90% 「中国の印象、良くない」

今日の日本人の中国認識はどうだろうか。それは親愛と嫌悪が入り乱れた様相を呈する。1980年代までは敗戦以降30年余で世界2位の経済大国に上り詰めて取り戻した自信を基に各方面に置いてまだ遅れている中国を助けなければいけないという親愛の姿勢が目立っていた。だが、1990年代以降、中国の経済力が爆発的に成長してからは状況は一変する。さらに2010年GDPで中国に追い抜かれ、中国との国力の差が徐々に広がり、日本の焦燥感はますます大きくなっている。力が強くなった中国が歴史問題と領土問題を基に日本に対する攻勢を強めようとしながら、日本右翼の間からは「中華帝国主義を粉砕しよう」というスローガンまで登場した。

2021年の状況は次第に佳境に入っている。先日実施された世論調査で「中国に対する印象が良くない」と答えた日本人の比率が90%に達した。日増しに激化する米中覇権競争の構図の中で日本は徹底して米国側に立つと決心したかのようだ。米国はもちろん、日本と中国の関係を正確に解いてこそ安全と繁栄を維持できる韓国の悩みはますます深まっている。

ハン・ミョンギ/明知(ミョンジ)大学史学科教授


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