店の前に羊の頭を置くのなら羊の肉を売らなければいけない。羊の頭を置いて犬の肉を売れば、それは人を愚弄してだますことだ。いつからか文在寅(ムン・ジェイン)政府が羊の頭を並べながら犬の肉を売る「羊頭狗肉政府」に似ていく感じだ。国民の生命を最高の価値と考えるという文在寅政権が西海(ソヘ、黄海)上の民間人行方不明・銃殺事件に対処するのを見ると、疑心はさらに強まる。
「崩壊した家は新しく建て直せばよく、断たれた橋はまたつなぎ、倒れた稲は起こせばよいが、人の命は取り返しがつかず、いかなるものとも代えられない絶対的な価値だ」。文在寅大統領が8日に北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長に送ったという親書の一部だ。親書で文大統領は「災難現場に足を運んで困難に直面した人たちを慰め、被害の復旧を先頭に立って進めていく姿に深い共感を抱く」とし「国務委員長の生命尊重に対する強い意志に敬意を表する」と伝えた。
美辞麗句が首脳間の親書のプロトコルだとしても、生命尊重の意志と結びつけて金正恩委員長に敬意を表したのは度が過ぎる。金正恩委員長の機嫌を取るのが文在寅政権の対北朝鮮政策のアルファとオメガだとしてもこれはひどすぎる。金正恩委員長は叔母の夫の張成沢(チャン・ソンテク)を残忍な方法で処刑し、異母兄の金正男(キム・ジョンナム)氏を毒殺した。金正恩委員長に直接尋ねたというトランプ大統領の話が事実なら、首が飛んだ張成沢氏の遺体は北朝鮮の幹部教育用として一定期間展示されたりもした。集団収容所で生命が脅かされる住民が多く、人民裁判と公開処刑が繰り返されているのは公然の秘密だ。巧言令色にもほどがある。過度な甘言は逆効果をもたらしかねない。
親書を送って2週後の22日、西海(ソヘ、黄海)北方限界線(NLL)を越えて北朝鮮海域を漂流した韓国の国民が北朝鮮軍の銃撃で無惨に射殺された。軍の情報が事実なら遺体は燃やされた。敬意を表されるほど生命尊重意志が透徹な指導者が統治する国で、人道的救助の対象である非武装民間人を跡形もなく残酷に殺害する反倫理的蛮行が発生した。金正恩委員長に対する文大統領の敬意に、北朝鮮は遺体さえ捜せない残忍な殺人行為で応えた。
「人の命はいかなるものとも代えられない絶対的な価値」と文大統領が親書で伝えた言葉は虚しさを通り過ぎておぞましい。韓国の国民が延坪島(ヨンピョンド)付近の海を30時間以上も漂流する間、尊い命を救うために政府がしたことは事実上ない。海警、軍、青瓦台が別々に動いて海上捜索は無駄になった。北朝鮮が謝罪の通知文を送ってくると、遺体を捜索するとして39隻の艦艇と6機の航空機を投入し、大騒ぎしている。最初からそのようにしていれば、NLLを越えて北朝鮮の海域に入る前に行方不明者を発見できただろう。手遅れになってから世間に見せるための動きにすぎない。
行方不明者が北朝鮮側に捕まった状況を把握してから殺害されるまでの6時間、あれほど生命を重視すると言っていた文大統領はいったい何をしていたのか。意思疎通チャンネルがなく北朝鮮に救助要請ができなかったというのは牛も笑う弁解だ。首脳間で親書を交わし、北朝鮮側の通知文が届くチャンネルは存在しながらも、我々の国民の命を救ってほしいというメッセージを送るチャンネルはないということなのか。青瓦台にあるホットラインは飾りなのか。分秒を争う緊急状況であるだけに、大統領や国家安保室長が放送に出て北朝鮮に緊急救助要請をする方法もあったはずだ。軍の発表によると、行方不明者が冷たい海で北朝鮮船舶の言いなりになり、結局は射殺されて遺体が毀損される過程を見守りながらも、韓国政府は完全に傍観状態だったということだ。これが国民の生命を最重視する政府の姿なのか。これだから「羊頭狗肉」政府という言葉が出てくる。
しかも政府は確実な根拠もなく行方不明者を越北者にして責任の逃れようという姿を見せた。「殺しておいて申し訳ない」といううわべだけの謝罪に感泣し、金正恩委員長を「称賛」するのに忙しい政府・与党の態度は、本当にまともな人たちなのかと疑わせる。ようやく文大統領が開いた国家安全保障会議で出したメッセージにも、被害者や遺族に対する哀悼や慰め、北朝鮮に対する批判は一言もなかった。北朝鮮の謝罪通知文を前向きに評価した部分では、行方不明者の命を犠牲に南北関係の改善を図ろうという底意までが表れている。
チョ・グク前法務長官事態から文在寅政権は羊頭狗肉政府の姿を見せ始めた。言葉では公正・正義・平等を話しながら、自分たちの不正には目を閉じた。尹美香(ユン・ミヒャン)議員、秋美愛(チュ・ミエ)法務長官らがそうだ。執権初期に文大統領が見せた誠意や善意、謙遜も薄れた。世論の批判と厳しい視線にもかかわらず、露骨に自分たちの実利ばかりを考える厚かましい利己主義が深刻になっている。コロナ事態でなければ、人々が街にあふれて声を上げてもおかしくない状況だ。
ペ・ミョンボク/中央日報論説委員/コラムニスト
「崩壊した家は新しく建て直せばよく、断たれた橋はまたつなぎ、倒れた稲は起こせばよいが、人の命は取り返しがつかず、いかなるものとも代えられない絶対的な価値だ」。文在寅大統領が8日に北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長に送ったという親書の一部だ。親書で文大統領は「災難現場に足を運んで困難に直面した人たちを慰め、被害の復旧を先頭に立って進めていく姿に深い共感を抱く」とし「国務委員長の生命尊重に対する強い意志に敬意を表する」と伝えた。
美辞麗句が首脳間の親書のプロトコルだとしても、生命尊重の意志と結びつけて金正恩委員長に敬意を表したのは度が過ぎる。金正恩委員長の機嫌を取るのが文在寅政権の対北朝鮮政策のアルファとオメガだとしてもこれはひどすぎる。金正恩委員長は叔母の夫の張成沢(チャン・ソンテク)を残忍な方法で処刑し、異母兄の金正男(キム・ジョンナム)氏を毒殺した。金正恩委員長に直接尋ねたというトランプ大統領の話が事実なら、首が飛んだ張成沢氏の遺体は北朝鮮の幹部教育用として一定期間展示されたりもした。集団収容所で生命が脅かされる住民が多く、人民裁判と公開処刑が繰り返されているのは公然の秘密だ。巧言令色にもほどがある。過度な甘言は逆効果をもたらしかねない。
親書を送って2週後の22日、西海(ソヘ、黄海)北方限界線(NLL)を越えて北朝鮮海域を漂流した韓国の国民が北朝鮮軍の銃撃で無惨に射殺された。軍の情報が事実なら遺体は燃やされた。敬意を表されるほど生命尊重意志が透徹な指導者が統治する国で、人道的救助の対象である非武装民間人を跡形もなく残酷に殺害する反倫理的蛮行が発生した。金正恩委員長に対する文大統領の敬意に、北朝鮮は遺体さえ捜せない残忍な殺人行為で応えた。
「人の命はいかなるものとも代えられない絶対的な価値」と文大統領が親書で伝えた言葉は虚しさを通り過ぎておぞましい。韓国の国民が延坪島(ヨンピョンド)付近の海を30時間以上も漂流する間、尊い命を救うために政府がしたことは事実上ない。海警、軍、青瓦台が別々に動いて海上捜索は無駄になった。北朝鮮が謝罪の通知文を送ってくると、遺体を捜索するとして39隻の艦艇と6機の航空機を投入し、大騒ぎしている。最初からそのようにしていれば、NLLを越えて北朝鮮の海域に入る前に行方不明者を発見できただろう。手遅れになってから世間に見せるための動きにすぎない。
行方不明者が北朝鮮側に捕まった状況を把握してから殺害されるまでの6時間、あれほど生命を重視すると言っていた文大統領はいったい何をしていたのか。意思疎通チャンネルがなく北朝鮮に救助要請ができなかったというのは牛も笑う弁解だ。首脳間で親書を交わし、北朝鮮側の通知文が届くチャンネルは存在しながらも、我々の国民の命を救ってほしいというメッセージを送るチャンネルはないということなのか。青瓦台にあるホットラインは飾りなのか。分秒を争う緊急状況であるだけに、大統領や国家安保室長が放送に出て北朝鮮に緊急救助要請をする方法もあったはずだ。軍の発表によると、行方不明者が冷たい海で北朝鮮船舶の言いなりになり、結局は射殺されて遺体が毀損される過程を見守りながらも、韓国政府は完全に傍観状態だったということだ。これが国民の生命を最重視する政府の姿なのか。これだから「羊頭狗肉」政府という言葉が出てくる。
しかも政府は確実な根拠もなく行方不明者を越北者にして責任の逃れようという姿を見せた。「殺しておいて申し訳ない」といううわべだけの謝罪に感泣し、金正恩委員長を「称賛」するのに忙しい政府・与党の態度は、本当にまともな人たちなのかと疑わせる。ようやく文大統領が開いた国家安全保障会議で出したメッセージにも、被害者や遺族に対する哀悼や慰め、北朝鮮に対する批判は一言もなかった。北朝鮮の謝罪通知文を前向きに評価した部分では、行方不明者の命を犠牲に南北関係の改善を図ろうという底意までが表れている。
チョ・グク前法務長官事態から文在寅政権は羊頭狗肉政府の姿を見せ始めた。言葉では公正・正義・平等を話しながら、自分たちの不正には目を閉じた。尹美香(ユン・ミヒャン)議員、秋美愛(チュ・ミエ)法務長官らがそうだ。執権初期に文大統領が見せた誠意や善意、謙遜も薄れた。世論の批判と厳しい視線にもかかわらず、露骨に自分たちの実利ばかりを考える厚かましい利己主義が深刻になっている。コロナ事態でなければ、人々が街にあふれて声を上げてもおかしくない状況だ。
ペ・ミョンボク/中央日報論説委員/コラムニスト
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