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<バスケット>日本進出の韓国選手ヤン・ジェミン、目標は米国行き

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

韓国選手で初めて日本プロバスケットBリーグに進出したヤン・ジェミン。 キム・サンソン記者

29日、京畿道河南市(キョンギド・ハナムシ)のバスケットボールアカデミー「スキルファクトリー」。韓国バスケットの有望株ヤン・ジェミン(21、201センチ)は2時間ほど技術練習をしながら汗を流した。トレーナーのパク・デナムさんは「海外でプレーしながらも休みになれば必ず訪ねてくる。誠実さとチャレンジ精神は認めなければいけない」と話した。

ヤン・ジェミンは最近、韓国選手では初めて日本プロバスケットBリーグの信州ブレイブウォリアーズと契約した。韓国プロバスケットとほぼ同じか、やや上回るレベルのBリーグは18チームで運営されている。

ヤンのバスケット人生は挑戦の連続だった。ヤンは2016年、U-17(17歳以下)世界選手権大会に出場し、韓国の8強入りに貢献した。同年、スペインにバスケット留学をした。1年後に韓国に戻ったヤンは2018年、延世大に入学した。ところがまた米国に渡った。ただ「バスケットがうまくなりたい」という一心だった。

米国でヤン・ジェミンはカンザスシティ近隣のネオショ・カウンティ・カレッジで2年間プレーした。全米専門大学スポーツ協会(NJCAA)所属チームだ。地域選手ランキングのトップ10にも入った。全米大学スポーツ協会(NCAA)所属の大学チーム編入を準備していたヤンは今年3月、関心を見せる大学側と接触中だった。カリフォルニア州ポリテクニック州立大など20余りの学校だ。

4月にはジョージタウン大からも「会いたい」という連絡を受けた。米プロバスケット(NBA)スターだったパトリック・ユーイング氏が同大学の監督だ。ところが新型コロナウイルスが足かせとなった。ほとんどの学校の日程が停止し、編入は実現しなかった。

ヤンは「ジョージタウン大のコーチから『試合を見たが気に入った』という連絡を受けた。成績表を送るなど2、3週間ほど連絡を続けていた。ところがユーイング監督が突然コロナ陽性判定を受けた。さらに黒人人権デモ(ジョージ・フロイド事件)が発生し、ずっと待つことになった。その間、豪州と日本のチームから連絡があり、ひとまずプランBを選択した」と説明した。

韓国プロバスケット(KBL)も選択肢に入っていた。あるKBLチーム事務局長は「チームと監督によって差はあるだろうが、ヤン・ジェミンがドラフトに出てくれば有力な第1ラウンドピック」と評価した。身長も高く、ポイント・シューティングガード、スモール・パワーフォワードをすべてこなし、欧州と米国での経験もあるからだ。

ヤンはKBLの代わりにBリーグを選択した。信州は長野県が縁故地の1部昇格チーム。ヤンは「いま韓国に帰ってくればスペインと米国まで行った理由が消えてしまいそうだった。行ったことがない道を進みたかった。1歳でも若い時に挑戦したい。日本でプレーし、オフを迎えるたびにNBAサマーリーグを通じて米国進出に挑戦する計画」と話した。Bリーグからサマーリーグを通じて米国に進出するケースも実際にある。

2年前に初めて米国に行った時、ヤンは英語をほとんど話せなかった。空港に迎えにきた監督が何を話しているのかほとんど理解できなかった。田舎の寮でバスケットに劣らず勉強にも熱心に取り組んだ。成績(3.8点)も良く奨学金も受けた。寂しいときはコートに向かった。シュート練習をしながら寂しさを紛らわせた。

ヤン・ジェミンは2017年にNBA下部リーグのGリーグでプレーしたイ・デソン(30、高陽オリオン)から助言を受けた。イ・デソンも何度も米国行きに挑戦してきた。ヤンは「デソン先輩が昨年、一緒に練習しようと声をかけてくれた。午前6時に行ったが、先輩はすでに到着していてストレッチを終えていた。先輩は『いかなる選択でも他人のことは気にせず、やりたいことがあれば最善を尽くせばいい』と言ってくれた」と伝えた。

ヤン・ジェミンはNCAAデビッドソン大のシューティングガード、イ・ヒョンジュン(20)と共に韓国バスケットの未来だ。2人は2016年アジアU-16(16歳以下)選手権(優勝)、2017年世界選手権(ベスト8)で一緒にプレーした。ヤンは「ヒョンジュンとはユース代表でルームメートだった。米国で生活しながら連絡も取り合っていた。外国生活をすると愛国心がさらに強まった。いつか成人代表チームでも一緒にプレーできる日がくればいい」と語った。

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