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【噴水台】セウォル号が残した課題、「災難とメディア」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
「バグダッドの空が明るく光っています。空が光で満ちています」。

1991年、第1次湾岸戦争を報道したCNNの従軍記者ピーター・アーネット氏の最初の言葉だ。CNN取材陣はイラクのバグダッドのホテルの部屋から、連合軍の爆撃があふれる街をカメラで撮影して夜じゅう放送した。テレビ劇場で戦争を生中継する時代の幕開けだった。CNNが世界のメディア市場で一躍スターになる瞬間でもあった。しかしCNNの報道は一方的な米国中心主義に、戦争をまるでインベーダーゲームのように見せ、当然働くべき米国社会の罪の意識を希薄にさせたという批判を受けた。

2001年の9・11テロは、そんなコンピューターゲームのような暴力のイメージをひっくり返した。ゲームでも見たシーンが実際の米国人の目の前で繰り広げられた。特に2番目のビルに飛行機が突っ込む瞬間は、テレビでリアルタイムに放送された。以後、崩れ落ちるビルと阿鼻地獄…。テロの生中継だった。


2011年、東日本大震災はメディアの活躍が引き立って見えた事件だった。鮮文(ソンムン)大学のイ・ヨン教授によれば「(惨事に対する)日本政府のリーダーシップが不在した中で、メディアの災難報道がより光っていた」。日本の内閣は右往左往していたが、メディアが迅速な避難警報や正確な被害報道で「日本人たちを落ち着かせる消防士の役割を果たした」ということだ。

東日本大震災についての当時の韓国・日本・米国の報道を比較した論文でも、韓国メディアは「深刻な被害を浮き彫り、写実的よりも刺激的・主観的な言葉の使用、分析・探査よりも速報、専門家よりも政府発表への依存が高くあらわれていた」〔成均館(ソンギュングァン)大学ペク・ソンギ教授ほか〕。

そして2014年、セウォル号惨事は韓国メディアの恥ずかしい顔を再び見せた。速報中心慣行の中で、右往左往する政府の発表をそのまま書き取りながら誤報が続いた。信頼は地に落ち、大衆は怒った。災難報道をするメディアが、かえって災難に処した格好だ。情けない。

一部のメディアでは、報道態度を反省しながら内部対立まで拡大した。不適切な発言で遺族の抗議を受けたKBS(韓国放送公社)の前報道局長は「社長は大統領の顔だけを見ながら行く人」だといった。KBS労組はもちろん報道局部長まで社長辞退を要求してきた。

同時にセウォル号惨事はテレビの生中継を超えてスマートフォンやソーシャルネットワークサービス(SNS)が記録した災難でもある。犠牲者はスマートフォンとSNSで最後の記録を残した。SNSは代案メディアとして可能性と限界を共に見せた。「災難とメディアの役割」。セウォル号惨事が残したもう1つの課題だ。

ヤン・ソンヒ文化スポーツ部門部長待遇



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