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恐怖のリビア脱出記...67時間で2300キロを走った

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
67時間で2300キロを走った。反政府デモと流血鎮圧で事実上内戦状態に入ったリビアで、韓国人9人が命をかけた脱出に成功した。リビアで仕事をしていた韓国人の初めての集団避難だ。

23日午前4時30分(現地時間)、エジプトの首都カイロのマアディ地区の宿泊施設に韓国人9人が車に乗って現れた。リビアの新都市建設現場にいた韓国建築業体「空間」の職員だった。車から降りる瞬間、疲労がたまった顔には、数日ぶりに安全なところに来たという安堵感が見えた。

彼らは20日午前9時、リビア北東部の都市トブルクから12人乗りのバンに乗って脱出を始めた。前日、事務室のコンピューターなどすべての機器が略奪されたうえ、毎晩銃声が絶えず、大移動を決心したのだった。銀行が閉鎖されて現金を引き出せず、食料品店も閉まって食料品さえ手に入れるのが難しい劣悪な状況は、彼らの足を速めた。


イ・ドンヒ支社長(57)は「3日間に官公庁5カ所が焼け、民間人7人が死亡した状態だったので、首都トリポリから帰国する航空機に乗るつもりでひとまず西側に走った」と話した。

トブルクからトリポリまでの距離は1500キロ。約700キロ走った時、道路が封鎖され、それ以上進めなくなった。また来た道を折り返してトブルクに戻った。略奪を避けるために周辺に民家がない未舗装道路を主に利用した。

しばらく休息を取った後、今度は東側に行くことを決めた。出国用ビザ(リビアでは出国する時もビザが昼用)がなく、陸路で国境通過が可能かどうか分からなかったが、他に方法がなかった。東側国境の出入国管理所まで200キロを走る間、、4度も検問があった。工事発注先のリビア住宅公社が発給した通行証のおかげで幸い通過できた。このように到着した国境出入国管理所には職員が誰もいなかった。リビア政府がこの地域の統制をあきらめたのだった。

22日午後2時、国境を守っていた軍人は外国人という身分だけを確認し、エジプトへの道を開いてくれた。1600キロの長い旅行日程が終わる瞬間だった。彼らは国境を通過した後、エジプト接境都市で駐エジプト韓国大使館が送った車に乗り換えた後、さらに700キロを走ってカイロに到着した。

リビアで新都市建設の監理を引き受けた彼らの中には、イラクから避難した経験があるキム・ミョンホさんも含まれていた。キムさんは05年、北部クルド地域の油田開発会社で働いていたが、韓国人拉致・殺害事件で撤収命令を受けた。キムさんは「地域自治政府と現地警護員の保護を受けられるイラクがリビアよりはるかに安全だった」と語った。

イ支社長は「現在リビア北東部地域にも数百人の韓国人企業の職員がいる。私たちには幸い、リビアの住宅公社から受けた通行許可証があったが、通行許可証がなければ通行が制限されるだろう」と話した。

9人の職員は24日、ドバイを経由して帰途につく予定だ。



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