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【時論】韓国大統領候補はどれほど「公正」を理解しているのか

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
テレビ番組「私は歌手だ」が初めて放送された当時、歌手同士を競争させる過酷さが論議を呼んだが、今ではもう数多くのサバイバル番組が放送されている。もう大衆芸術界ではサバイバル番組に出て合格と脱落を分けるのが基本値になった。

こうした流れは大衆芸術界に限られたものでなく韓国社会全体の兆候だ。政界で最近話題になっている青年層は、こうした過酷な状況が日常、正常になった世の中で育った人たちだ。競争で生き残っても得られるものが不透明になった世代でもある。暴騰した住宅価格から気候危機にいたるまで、未来を楽観するどころか計画するのも難しい。生活の基本値は過酷だが、期待値は虚しい。

与党・共に民主党と最大野党・国民の力が選出した2人の大統領候補ともに青年の心を引こうと苦労している。今まで出てきた青年関連の公約を総合すると、両候補の共通点は公正を約束したという点だ。望ましい話だが、選挙のキーワードとして公正がどれほどの役割をするかはまだよく分からない。


公正は狭くも広くも話せる。狭い意味で公正はゲームの規則が反則なく守られるかという問題だ。尹錫悦(ユン・ソクヨル)国民の力候補が「公正な入試・採用」のために入試不正を厳しく処断すると公約した時の公正がこのような意味だ。最近の入試・採用スキャンダルを考えると、もちろん意味のない公約ではない。ところがデスゲームも反則禁止レベルでは公正な場合もある。デスゲームをする人たちに「反則は防いだ」と話すのが大きな助けにならないように、過酷な競争時代にいる青年にとって反則禁止は問題の小さな部分だ。

それで広い意味の公正が動員されなければいけない。尹候補が公約した「公正な出発ライン」や李在明(イ・ジェミョン)民主党候補が話す不動産市場の公正性は、ゲームの規則を変えようというものだ。「公正としての定義」を理論化した哲学者ジョン・ロールズがいう公正は、ゲームの総体、すなわち社会協同自体の利益と負担を分ける方式だ。ロールズの公正はデスゲームの規則を変えるのを越えて、財をデスゲームで分けないという選択までも含む。

公正の意味をこのように広げた後には、青年層の認識がジェンダーや階層によって多様だという点を考慮する必要がある。例えば、大統領候補は女性家族部の廃止が公正だと信じる20代と男女平等政策の強化が公正だと考える20代に同時に向き合って自身の公正論を鮮明に説明できなければいけない。

ところが選挙で公正が話される程度に比べて、候補が考える公正が正確に何であるかはまだ明確でない。選挙が迫るほど、公正をあいまいな良い言葉で包装して異見を回避したり、最初から20代の男性または女性を攻略する形で票を計算する誘惑が強まるだろう。

こうした誘惑に駆られず公正論をまともに展開すれば十分だということでもない。結果のない設計図に呼応するには、青年層が直面している生活の条件が厳しいからだ。これをめぐりよく青年世代の「各自生き残り」傾向が言及される。青年は過酷な世の中を変えようとするよりも、それに適応しようとするという評価が多い。例えば、株式市場や暗号資産市場に飛び込む形で各自が生きる道を見いだそうとするということだ。

このような青年世代の合理性をまるごと否定するのでなければ、それが一つの合理的な選択になっていることを認めなければいけない。広い意味の公正が青年層に説得力を得るためには、各自でなく協同が合理的な選択になるようにする必要がある。条件の変化なく選択の変化を望むのは無理がある。このように短期の収益を期待できなくても広い意味の公正を一貫して追求する政治家が見えれば、過去にない非好感選挙という今回の大統領選挙でも一抹の希望を見いだせるだろう。

ソン・ジウ/ソウル大政治外交学部教授

◇外部執筆者のコラムは中央日報の編集方針と異なる場合があります。



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