【コラム】韓国知識人の死
左派政権後に精製されていない反エリート主義と反米主義が韓国社会を強打し(ソウル大学イ・インホ)韓国の知識構図は急旋回した。もう韓国社会は半端な読書量でイエロージャーナリズムに便乗しゲリラ式に突進する(ソウル大学チョン・サンイン)生計型偽知識人の狩り場になった。知識人は「カメラを向けられると体をひねって前髪をなでる豚」(チェ・ヨンミの詩「豚」)として生きている。子どもとともにしゃがみこんで不正入学書類を整え有罪判決を受けても出獄する時には凱旋将軍のように手を振り国会議員に出馬する姿は見るだけであきれる。祖国は選択事項ではないからそれでもともに暮らすほかない。
だから黄玹(ファン・ヒョン)の嘆きのように、知識人として生きるのは難しい(難作人間識字人)。維新時代にも韓国の知性史はここまで荒廃しなかった。なぜ知識人は没落するのか。彼らには落とし穴がある。最初は生計問題だ。儒教を間違って解釈した清貧という虚構が知識人を殺した。知識人が財物をむさぼることが過ちであるように、貧しいのも過ちだ。知識人が貧しくなければならない理由はない。古今東西を問わず知識人の基盤は財産(土地)と知識だ。しかし韓国社会では官僚が土地を兼併したため知識人に土地が回らなかった。したがって土地が身分を語っていた知識人は迫害によってではなく貧困のために自滅した。
しかしいまは少し違う。韓国の大学教授の収入は賃金労働者の上位4%に達する。だから生計をいいわけにすることもない。その程度ならば高級マンションに住んでゴルフをしてワインを飲むのに何の支障もない。だから気楽に生きるべきであえて心苦しく生きる理由はない。彼らはすでにそのような暮らしに慣れている。現代史でその恵まれた年金と功勲を断った人は金東吉(キム・ドンギル)と金文洙(キム・ムンス)と張琪杓(チャン・ギピョ)の3人だけだ。
2番目に、知識人は民衆主義の迫害に耐えられるだけの自分を支える力が必要だが、現実はそうでない。迫害を受ける勇気よりも沈黙が気楽だという卑屈さが時代の主潮になり、それが沈黙を生んだ。民衆を動員して味方を作るのは容易だ。国民の魂を買収するには27万ウォンで十分だ。金を受け取って投票すればいいというがそうした事例はまだ政治史に報告されたことはない。それなら年俸数億ウォンを受け取ることになった江南(カンナム)左派は公正なのか。そうではない。
【コラム】韓国知識人の死(2)
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