李在明(イ・ジェミョン)大統領の言葉が民主党からはじき返されているのだろうか。1週間前、李大統領と文在寅(ムン・ジェイン)元大統領が会談し、党の結束を求めたにもかかわらず、民主党は真逆の方向に進んでいる。2人は「親明系(李在明派)」と「親清系(鄭清来派)」と呼ばれる2大派閥の代表格として青瓦台(チョンワデ、大統領府)でビビンバの昼食を共にした。しかし党権争いの渦中で派閥は融和するどころか、水と油のように分裂している。元・現大統領のメッセージも「党内結束」「外延拡張」と傍点が微妙に違った。ニュアンスの解釈が分かれると、青瓦台の洪翼杓(ホン・イクピョ)政務首席秘書官は「民主党の結束と外延の拡張は別個ではなく、同時に追求するべき価値であることを強調したものだ」と説明した。しかし結果的には「幽体離脱話法」になってしまった。
李大統領のメッセージは論理学的な説得力はあった。外延(extension)という用語は内包(intension)とともに論理学の出発点ともいえる概念を構成する。外延はある概念が適用される対象の範囲を、内包はその対象が共通して持つ必然的な性質を意味する。「人」という概念の外延は「人種・国籍別の人間集団、老若男女の人などをすべて含む集合」だ。その内包は「理性があり、言語と道具を使用する特性」などだ。特に、外延が拡張されると内包が狭まり、外延が縮小されると内包が広がるという反比例の関係がある。人という概念の外延を「動物」に拡張すれば、その内包は「捕食活動をする生命体」程度に条件が減少する一方、「韓国人」に外延を狭めれば、その内包は「キムチを好み、韓国語を話し、飲酒歌舞を楽しむ人」といった具体的な性質が増える。
李大統領が「外延を拡張しよう」と言ったのは、党の派閥的な属性やそれによる線引き、すなわち内包の厳しい条件を減らしていこうという意味だったはずだ。親文(親文在寅派)や親盧(親盧武鉉派)など線引きをせず、少し右寄りの「中道」と「実用」へと、より多くの国民が民主党を支持する「構造的多数」を構想したのだろう。ところが、現在の民主党は外延の拡張も、内部の結束も逃している状況だ。大統領の突発的な外延拡張が破綻を露呈しても、党内では派閥の対立や様子見のため、まともな収拾策を提示できずにいる。党権争いの走者のある金民錫(キム・ミンソク)前首相と鄭清来(チョン・チョンレ)前代表は「嫡統論」で争っていたが、今では互いの「自己政治」を批判する状況に至った。金前首相が「過去1年間の自己政治の弊害が党と党政協力を混乱させた」と述べると、鄭前代表は「国政に専念するべき首相が『党代表ロマン』発言で平地風波を起こしたのが代表的な自己政治だ」と反論した。
民主党の硬直した外延と分裂した内包の危うさが次々と露呈している。「5・18(光州事件)が聖域になった」と発言した李炳泰(イ・ビョンテ)前規制合理化委員会副委員長の事態がその代表例だ。李前副委員長は李大統領の公平人事により抜てきされた外延拡張のケースだったが、スターバックス事態をめぐり核心支持層が共感しがたいタブーに触れた。民主党の外延を敵軍にまで拡大したかのようにコア支持層が激しく反発したため、青瓦台は辞表を提出させた。やや荒かったが意味のある表現の自由に対する問題提起は立つ瀬を失った。作家の柳時敏(ユ・シミン)氏が「李大統領を応援した人たちが望んだのは増築だったが、大統領は再建築しようとした」と狙撃した、いわゆる「再建築論」は、強硬支持層の傲慢な内包が結束に冷や水を浴びせた事例だ。親明派は親清派に向かって「いまだに家主のように振る舞っている」と反発している。
今後1カ月余りの間、党権争いの中でこのように民主党の外延と内包がよじれるようなことが繰り返されるだろう。2年後の総選挙の公認権がかかっているだけに、派閥の勝利と利益がすべてに優先するのは明らかだ。その間、補完捜査権の廃止、公訴取消特検など「何が国民のために望ましいのか」を掘り下げるべき極めて重要な事案が速戦即決で処理されるのだろう。概念を喪失した結果は遠からず津波のように押し寄せてくるはずだ。
キム・スンヒョン/論説委員
李大統領のメッセージは論理学的な説得力はあった。外延(extension)という用語は内包(intension)とともに論理学の出発点ともいえる概念を構成する。外延はある概念が適用される対象の範囲を、内包はその対象が共通して持つ必然的な性質を意味する。「人」という概念の外延は「人種・国籍別の人間集団、老若男女の人などをすべて含む集合」だ。その内包は「理性があり、言語と道具を使用する特性」などだ。特に、外延が拡張されると内包が狭まり、外延が縮小されると内包が広がるという反比例の関係がある。人という概念の外延を「動物」に拡張すれば、その内包は「捕食活動をする生命体」程度に条件が減少する一方、「韓国人」に外延を狭めれば、その内包は「キムチを好み、韓国語を話し、飲酒歌舞を楽しむ人」といった具体的な性質が増える。
李大統領が「外延を拡張しよう」と言ったのは、党の派閥的な属性やそれによる線引き、すなわち内包の厳しい条件を減らしていこうという意味だったはずだ。親文(親文在寅派)や親盧(親盧武鉉派)など線引きをせず、少し右寄りの「中道」と「実用」へと、より多くの国民が民主党を支持する「構造的多数」を構想したのだろう。ところが、現在の民主党は外延の拡張も、内部の結束も逃している状況だ。大統領の突発的な外延拡張が破綻を露呈しても、党内では派閥の対立や様子見のため、まともな収拾策を提示できずにいる。党権争いの走者のある金民錫(キム・ミンソク)前首相と鄭清来(チョン・チョンレ)前代表は「嫡統論」で争っていたが、今では互いの「自己政治」を批判する状況に至った。金前首相が「過去1年間の自己政治の弊害が党と党政協力を混乱させた」と述べると、鄭前代表は「国政に専念するべき首相が『党代表ロマン』発言で平地風波を起こしたのが代表的な自己政治だ」と反論した。
民主党の硬直した外延と分裂した内包の危うさが次々と露呈している。「5・18(光州事件)が聖域になった」と発言した李炳泰(イ・ビョンテ)前規制合理化委員会副委員長の事態がその代表例だ。李前副委員長は李大統領の公平人事により抜てきされた外延拡張のケースだったが、スターバックス事態をめぐり核心支持層が共感しがたいタブーに触れた。民主党の外延を敵軍にまで拡大したかのようにコア支持層が激しく反発したため、青瓦台は辞表を提出させた。やや荒かったが意味のある表現の自由に対する問題提起は立つ瀬を失った。作家の柳時敏(ユ・シミン)氏が「李大統領を応援した人たちが望んだのは増築だったが、大統領は再建築しようとした」と狙撃した、いわゆる「再建築論」は、強硬支持層の傲慢な内包が結束に冷や水を浴びせた事例だ。親明派は親清派に向かって「いまだに家主のように振る舞っている」と反発している。
今後1カ月余りの間、党権争いの中でこのように民主党の外延と内包がよじれるようなことが繰り返されるだろう。2年後の総選挙の公認権がかかっているだけに、派閥の勝利と利益がすべてに優先するのは明らかだ。その間、補完捜査権の廃止、公訴取消特検など「何が国民のために望ましいのか」を掘り下げるべき極めて重要な事案が速戦即決で処理されるのだろう。概念を喪失した結果は遠からず津波のように押し寄せてくるはずだ。
キム・スンヒョン/論説委員
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