1980年5月の光州(クァンジュ)民主化抗争当時、デモを行い警察と衝突する光州市民たち。[聯合ニュース]
◇1990年代、遺族に補償金支給
今回の訴訟は、1980年の5・18民主化運動当時、戒厳軍によって家族が負傷または死亡した人の遺族23人が提起した。政府は光州民主化補償法に基づき、1990年代に遺族らに医療支援金や生活支援金、補償金を支給した。遺族の中でも、5・18民主化運動によって死亡または行方不明となった人の「財産相続人」が補償金支給の対象となった。
当時の光州民主化補償法には、「補償金支給決定に同意した場合、被害に対する裁判上の和解が成立する」との規定があった。この条項に基づき補償金を受け取った遺族は、別途、国家賠償請求を行うことができなかった。その後、憲法裁判所は2021年5月、この条項が「精神的損害」に対する国家賠償請求権の行使まで禁止するのは違憲だと判断した。
◇憲法裁「和解みなし条項は違憲」
20年以上を経て憲法裁の違憲決定が出ると、遺族らは精神的損害に対する慰謝料の支払いを求める訴訟を提起した。しかし政府は、「遺族らは補償金支給が決定された1990年代に損害発生の事実を認識していたため、短期消滅時効は完成している」と主張した。国家賠償の短期消滅時効である3年がすでに経過しているため、慰謝料は支払えないという趣旨だ。
原審は政府の主張を一部受け入れた。原審は、1990年代に補償金を受け取った遺族について、「和解みなし条項」によりこれまで別途慰謝料訴訟を起こすことができず、憲法裁の違憲決定が出た2021年から請求できるようになったと判断した。一方、補償金を受け取っていない遺族の請求権については、すでに時効が成立していると判断した。
原審裁判部は、「補償金支給対象者については、憲法裁の違憲宣言があるまで慰謝料請求権を行使できない障害事由が存在していた」としつつも、「一部の遺族は補償金支給対象者ではなかったため、同法によって慰謝料請求権を行使できない障害事由が存在していたとはいえない」と判断した。
◇最高裁「被告の抗弁を認めたのは法理の誤解」
しかし最高裁は、家族らが現実的に訴訟を提起できなかった期間については、時効は進行しないと判断した。最高裁は、「(補償金支給対象ではない遺族についても)本件違憲決定が出るまでは、家族固有の慰謝料請求権を行使できなかった障害事由が存在していたとみるべきだ」とし、「原告らは和解みなし条項の存在によって、違憲決定が出るまで慰謝料請求権を行使することができなかった」と述べた。
その上で、「憲法裁の決定から3年が経過する前に訴訟を提起している以上、消滅時効は完成していない」とし、「原告らが有する家族固有の慰謝料請求権の消滅時効はすでに完成しているとの被告の抗弁を認めた原審の判断には、法理を誤解して判決に影響を及ぼした誤りがある」と付け加えた。
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