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【コラム】ホルムズ、スタグフレーションの前奏曲か

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

韓国のガソリンスタンドで、ガソリンと軽油の価格を知らせる案内板。

1973年10月6日、エジプトとシリアがイスラエルを電撃侵攻した。1967年の戦争で奪われたシナイ半島とゴラン高原を取り戻すためだった。ユダヤ教最大の名節であるヨム・キプル(贖罪の日)に勃発した戦争の展開は、予想を大きく外れた。

過去の戦争で容易に勝利していたイスラエルは、戦争の可能性を軽視していた。一方、エジプトのアンワル・サダト大統領は、腐敗と非効率にまみれた軍体制を改革した。ソ連の支援で武器も補強した。


開戦初期、エジプト軍はスエズ運河を渡り主導権を握った。これに対してイスラエルのゴルダ・メイア首相が支援を要請し、米国は軍事支援に乗り出した。イスラエルが制空権を回復すると、戦況は急速に逆転した。


イスラエルの反撃により、エジプト軍は包囲される危機に陥った。強大国の介入と国連の仲裁の中、10月25日に停戦が成立したが、その余波は大きかった。終戦の6日前、米国のリチャード・ニクソン大統領が議会にイスラエルへの軍事支援拡大を要請すると、アラブ産油国が反発した。サウジアラビアを中心にアラブ陣営の9カ国が米国と西側に石油禁輸措置(エンバーゴ)を断行した。翌年3月18日まで5カ月間行われた禁輸措置により、国際原油価格は4倍に跳ね上がった。

原油価格の急騰は世界経済に供給ショックを与えた。2桁の物価上昇と景気後退が重なり、スタグフレーションが現実のものとなった。各国はエネルギー節約政策を施行し、戦略備蓄原油(SPR)制度を導入した。

最近の世界経済は、2月末の米国とイスラエルによるイラン空襲で始まった戦争により、再びスタグフレーションの危機に直面している。

1973年の禁輸措置で1日450万バレルの原油供給が減少した。現在、イランのホルムズ海峡封鎖で減少した原油供給量は1日2000万バレルに達する。この海峡で輸送される天然ガスと肥料原料の供給も急減した。

当時と現在の違いは物量だけではない。当時はイランがむしろ禁輸措置に不参加で、原油供給網のバッファー(緩衝)的役割を果たしていた。ヘンリー・キッシンジャー米国務長官の卓越した外交力のおかげで、サウジアラビアが早期に禁輸措置を撤回すると、原油供給も速やかに回復した。

現在は、ホルムズ海峡がいつ開放されるか断言できない状態だ。通航が許可されても、供給の正常化には相当な月日がかかる。外交的な代替案も期待しにくい。1970年代よりも条件が良いとはいえない。

結局、問題は原油価格の上昇そのものよりも、ショックの持続性と波及力だ。1970年代の教訓は明白だ。供給ショックは過小評価されたまま始まり、その代償は予想より大きく跳ね返ってくる。今の危機を軽く見ることができない理由だ。

キム・ソンジェ/米国ファーマン大学経営学教授、『関税の話』著者



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