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長生炭鉱水没事故から84年迎えるも…「身元確認」を待つ韓日の犠牲者たち(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

山口県宇部市の住宅街にある長生炭鉱犠牲者の追悼碑。当時の水没事故で命を落とした韓日両国の犠牲者たちの名前が刻まれている。「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の井上洋子共同代表が追悼碑を見つめている。[写真 宇部=キム・ヒョンイェ特派員]

◇長生炭鉱とは

山口県宇部市の沖合。海岸沿いに突き出た2つの換気口(ピーヤ)がある場所に、水没した犠牲者183人がいるという事実を突き止めたのは、宇部市の歴史教師だった山口武信さんだ。刻む会によると、郷土史家でもあった山口さんは、1976年に宇部市の地方史研究を発表した。当時、宇部市には約60の炭鉱が存在していたが、海底炭鉱が多かったため水没事故が頻発していたという。


1911年から1948年まで、長生炭鉱をはじめとするこの地域で水没事故が発生し、これにより犠牲となった人々は528人にのぼるという。山口さんはその中でも1942年2月3日午前9時30分ごろに長生炭鉱で発生した事故に注目した。183人の犠牲者のうち136人が朝鮮人だったからだ。刻む会によれば、長生炭鉱は地元の人々が働くのを避けるほど危険な場所だったという。絶えず浸水が繰り返されていたが、当時、山口県内の炭鉱で働く朝鮮人が9.3%だったのに対し、長生炭鉱は朝鮮人が75%以上を占めていた。


1991年に山口さんを代表として刻む会が結成され、長生炭鉱は世に知られ始めた。刻む会は殉職者名簿や寺に安置された位牌をもとに、韓国の遺族たちに連絡を取った。2013年には近隣の住宅街に追悼碑とともに追悼広場を設立した。遺骨返還を目標とする刻む会は、追悼碑に「強制連行」という単語を記載した。井上洋子共同代表は「犠牲者のうち30歳以上が80人もおり、そのほとんどが強制連行によるものと考えられる」と説明した。

炭鉱の坑口へ至る道は雑木が生い茂っているが、合宿所(収容施設)や事務所が当時の姿を留めている。刻む会が追悼広場に展示した旧長生炭鉱の写真には、炭車が移動する線路の上で、チマ・チョゴリを着た女性の姿が写っている。


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