<創刊企画「大韓民国トリガー60」(51) >「物価から抑えるべき」 80年代に年10%の成長…中産層が拡大(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
2025.11.19 16:07
全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領は経済専門家らが一貫性を持って政策を進められるよう後押しした。時には与党・民正党など政界の反発も抑え込んだ。右側は全斗煥政権当時の金在益(キム・イクジェ)青瓦台経済首席秘書官。 [中央フォト]
80年代の成長の直前は危うい状況だった。経済と政治がともに混乱していた。それ以前まで韓国は順調に成長した。63年に1億ドル余りだった輸出は77年に100億ドルを超えた。輸出の増大を受け、経済は同じ期間、年平均10%を超える成長を遂げた。しかし成長による急速な需要増加に石油危機も加わり、70年代は物価上昇率が20%を超える年が多かった。
重化学工業育成策も70年代後半に障害物として作用した。73年の重化学工業化宣言以降、政府は化学・鉄鋼・機械など新しい産業を育成するために全力を注いだ。しかし大規模な設備投資などが成果につながるには時間が必要だった。さらに設備投資などのために外国から借りた資金が増え続け、「外債亡国論」までが台頭した。
◆「インフレはヒトラーより悪い」
経済専門家と官僚は物価を抑える安定施策と市場開放のような自由化が重要だと主張したが、朴正熙(パク・ジョンヒ)大統領は輸出増大と高速成長にこだわってこれに背を向けた。結局、朴正熙大統領殺害と後に続いた政治的混乱の中、80年の成長率は-1.5%に急落した。
軍事政変で政権を握った全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領は安定を国政の最優先課題に掲げた。80年初め「ソウルの春」は民主化に進む動きだったが、軍事政変勢力はこれが社会を混乱させて破滅に向かわせていると規定した。安定のためだとして光州(クァンジュ)民主化運動を踏みにじり、正義社会の実現を前面に出しながら政治家軟禁、言論統廃合、教授解職などを通じて政治活動を禁止し、国民の基本権を抑圧した。
政治だけでなく経済も安定を最優先目標として追求した。朴正熙政権が輸出増進による経済発展にまい進したのと比較すると、経済運用基調の大きな旋回だった。
核心は物価安定だった。物価上昇は賃金と原材料価格を引き上げ、これによるコスト上昇がまた商品価格を高める悪循環を招く。この場合、買い占めや不動産投機が増え、社会と経済が混乱する。さらに物価の上昇は貯蓄意欲を落とすため、投資に必要な資金の供給を減らして経済成長を難しくする。60~70年代に国内で生じたことだ。
物価安定が重要という考えを全斗煥大統領に植え付けた代表的な人物は朴鳳煥(パク・ボンファン)経済科学審議会事務局長(後に動力資源部長官)という。彼は全斗煥が保安司令官だった時代に経済教師となって「インフレはヒトラーより悪い」と繰り返し強調した。
全斗煥政権は物価上昇を抑止し、経済と社会の安定を図って成長を維持しようとした。政府から支出を減らし、物価上昇圧力を低めようとした。公務員の賃金を凍結し、大規模な建設事業などを減らした。82~86年の政府財政支出は年平均9.4%増加した。同じ期間、物価上昇率と経済成長率がそれぞれ年平均3.6%、10.3%であることを考慮すると、事実上、財政規模を縮小する形となった。84年には予算を凍結した。与党の民正党は翌年の総選挙を意識して反対した。すると全斗煥大統領は「そのような選挙は負けてもよい」と言って凍結を強硬した(イ・ジャンギュ著『経済はあなたが大統領だ』)。
さらにゼロベース予算制度を推進した。従来の項目の予算を少しずつ調整するのではなく原点から見直して不必要な支出をなくす方式だ。これは短期的に物価上昇圧力を低め、長期的には慢性的な財政赤字を減らし、政府の予算を合理化するのに寄与した。通貨量の増加率も画期的に下げた。61~79年は年平均33.6%だったが、81~86年は6.4%となった。
権威主義的な方法も動員した。行政指導や税務調査を活用した価格引き上げの抑制が日常的に行われた。83年にはコメの買い上げ価格を据え置いた。公務員はもちろん、一般企業の賃金引き上げも統制した。代表的に人気がない政策だった。農民と勤労者、公務員はもちろん民正党までが不満を表出したが、全斗煥は反発を抑え込んだ。
興味深い点は政府が物価安定のために強硬策だけを使ったのではない事実だ。規制の改善と撤廃を通じて自然に物価、さらには経済を安定させようとした。公正取引委員会の設置と市場開放が代表的な例だ。70年代まで国内では生産者が談合を通じて独占利益を得るケースが少なくなかった。また、国内産業を保護・育成するという名目で輸入を防いで政府が該当企業に独占的な地位を付与したりした。これは製品価格の上昇によりインフレを起こす原因として作用した。
<創刊企画「大韓民国トリガー60」(51) >「物価から抑えるべき」 80年代に年10%の成長…中産層が拡大(2)
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