30日午前0時(現地時間)、タイ・バンコクで建設中だった監査院新庁舎(30階規模)崩壊現場で救助作業が行われている。ウィ・ムンヒ記者
この日、ヤンゴンから出発して首都ネピドーを経てマンダレーに向かう道はとても厳しいものだった。高速道路は断絶した状態だった。地震で道路の至るところに大きな亀裂が発生し、これを迂回するために時間を消耗した。暗い夜道を車両のフロントライトだけを頼りに前に進まなければならなかった。
ネピドーでは地震でエネルギー省や外務省の庁舎、国会議事堂、住宅75軒などが被害を受けた。約1000床の病床がある病院が倒壊し、地震で負傷した患者を世話する適切な場所もなかった。そのためまるで戦時の野戦病院のような場面が現地では繰り広げられていた。
ネピドー郊外周辺のピンマナ市も被害が深刻だった。住民によると、約400人が祈祷中だった仏教寺院が倒壊して多数の死傷者が発生した。30日午後まで少なくとも60体の遺体が収拾されたが、生き埋めになった人々のほうが多いという。
住宅街に入るにつれて寒々しい様子が目に入ってきた。倒壊した建物が半分ほど続き、電信柱は折れて地面に倒れ込んでいるような有り様だった。ある学校のレンガの壁は原形をとどめないほど粉々になっていた。半壊した建物は今にも崩れるのではないだろうかと、住民たちは心配な目で見つめていた。
地震で11歳の甥を失ったという50代女性は「地震が私たちの暮らしを根こそぎ奪っていった」とし「これからどうやって生きていったらいいのか、今は何も考えられない」と低く声を絞り出した。
震央であるサガイン地区(マンダレーから西北西に17キロメートル)の場合、「建物の80%以上が崩壊した」とも言われているという。現地では「通信と電気が断絶して内部の状況について誰も分からない。公式発表(死傷者統計)では被害規模を確認することはできない」という声が出てきた。また、ある住民は「マンダレーのある地域では火災が起きた」とし「家屋1000余軒が火に焼けたというが、これも確認するすべがない」と話した。30日現在、ミャンマー軍事政府が発表した人的被害現況は死亡約1700人、負傷3400人、行方不明300人などだ。
強震は国境の向こう側のタイも襲った。有名観光地の一つであるバンコク・チャトゥチャク市場付近に建設中だったタイ監査院新庁舎(30階規模)が崩壊する場面は全世界を衝撃に陥れた。30日深夜近くに到着した事故現場では救助隊員が息を切らしながら救助活動を行っていた。高層建物が崩壊し、空中に舞う粉塵のせいで自然にせきが出て、鼻を詰まらせるほど環境は劣悪だった。上空ではドローン(無人機)2機が行方不明者を探していた。
ある救助隊員は「きょう3人を救助して病院に運んだが、その後の生死は分からない」と話した。この時、救急車サイレンの音が大きく聞こえた。他の隊員があわてて入ってきて「たった今1人を助けようとしていたときに息を引き取った」と伝えた。この隊員は「崩れ落ちたセメント柱の下に行方不明者が集中していて救助が難しい」とし「生存確率は低い」と話した。タイ当局によると、今回の崩壊事故による死亡者は10人、生存者8人、行方不明者77人。被害に遭ったほとんどがミャンマーから渡ってきた作業員であることが確認された。
バンコク市民は胸をなで下ろした。タイ商工会議所に勤務中のワラヤさんは「家でシャワーを浴びていたが突然揺れたので私の身体に何か問題があるのではないかと思った」と話した。続いて「地震であることを知って外に飛び出すと、42階規模のすぐ横の棟の屋上プールの水が建物の外にあふれ出ていた」とし、当時携帯電話で撮影した動画を見せくれた。
ワラヤさんは「数カ月間余震が続くだろうというニュースも出ているが、不安でパニック障害が起きた状況」としながら「もうこれ以上大きな被害は出てこないでほしい」と話した。
「どれくらい亡くなったか分からない」…寺院も病院も崩壊、号泣のミャンマー(1)
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