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【コラム】東京から見た韓日関係改善の鍵(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

「韓日共同宣言-21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」に合意した金大中(キム・デジュン)大統領と小渕恵三首相が1998年、東京迎賓館で開かれた韓日首脳会談で握手をしている。[中央フォト]

◇誠実なスピーチで日本を動かした金大中

その次が金大中だった。1998年10月に訪日し、小渕恵三首相と「21世紀の新たな韓日パートナーシップ共同宣言(金大中-小淵宣言)を締結した彼について、ヴォーゲル教授は「日本に対する韓国人の深い敵意を克服しようと努力し、誠実な気持ちで臨んだ演説が日本を大いに感動させた」と評価した。金大中は天皇を二度も天皇陛下と呼び、「呼称はその国の国民が呼ぶ通りに呼ぶのが外交」と語った。昔の日本人の師匠との面会では、日本語の名前で自己紹介した。

このような型破りな行動が日本国民の心を動かした。強烈な出会いは政策の成果に、そして両国関係の飛躍につながった。鄧小平の訪日以降、日本文化の中国輸出が始まり、この流れは両国間の閣僚級会談(1980年)の相次ぐ開催など、政治分野での交流拡大に広がった。金大中が日本の大衆文化に対する果敢な開放を決断したことによって現在のK文化隆盛の土台が築かれたのも1998年の訪日がきっかけだった。


◇大統領府が注目した『現代中国の父 鄧小平』

ロバート・ケネディと鄧小平、金大中に対するヴォーゲル教授の評価は、最近、尹大統領と参謀たちの間でも話題になったことがあるという。12年ぶりに復活したシャトル外交の順風に乗って、韓日両国で相手国の指導者に対する友好ムードが醸成される場合、それを土台に両国関係に新たな章が開かれるかもしれないという期待感が与党内には強い。「1965年の両国国交正常化が最初の起点、1998年の金大中-小渕宣言が中間起点なら、尹錫悦-岸田の両国関係改善作業が画期的な新たな起点になる可能性がある」〔李鍾賛(イ・ジョンチャン)元国家情報院長〕という意見もある。

しかし、手のひらが合わなくては音が出ない。このような希望が現実になるためには、韓国内の世論を牽引(けんいん)する日本の努力が必要だ。尹大統領が日本の世論を動かしたように、岸田首相も真摯に韓国の世論を動かさなければならない。安倍元首相に対する韓国国民の反感が両国関係の進展に負の変数として作用した前例を繰り返してはならない。2015年12月の韓日慰安婦合意後、安倍元首相が日本軍慰安婦被害者に謝罪の手紙を送るなどの後続措置について「毛頭考えていない」と発言したことは、韓国人の脳裏にトラウマとして残っている。

◇反戦歌謡も歌った岸田首相

岸田首相は7日のソウル訪問で「私自身、当時、厳しい環境のもとで多数の方々が大変苦しい、そして悲しい思いをされたことに心が痛む思い」と述べ、歴史問題に関して前進した立場を取った。また、広島G7(主要7カ国)首脳会議(サミット)を機に韓国人原爆犠牲者慰霊碑への共同参拝を尹大統領に提案し、実現させた。

岸田首相は政治的立場や信念、歴史観が安倍元首相とは異なる。自民党内の強硬保守派の安倍派とは一線を画す中道穏健派の宏池会の首長だ。また、原爆被害を受けた広島を選挙区に置いている。2018年にはカラオケでマイクを握り、『戦争を知らない子供たち』という代表的な反戦歌を歌ったことが日本国内で話題になった。

外相時代だった2015年の慰安婦交渉の際、「日本政府は責任を痛感する」という表現が盛り込まれた合意文に安倍首相が難色を示すと、「ここで決着をつけて次に進むべきだ」と説得したという裏話もある。鄧小平と金大中が日本国民にそうしたように、岸田首相も韓国国民に着実に手を差し伸べ、自分自身の真価を発揮してこそ、韓国内の冷ややかな世論が少しずつ動くだろう。

12年ぶりのシャトル外交復元後、9~11日に行われた韓国ギャラップの調査では、岸田首相に対する考えに変化があったかという質問に「以前より良くなった」が25%、「悪くなった」が12%、「変化なし」が48%だった。若干の反発はあったが、まだまだ先は長い。4年7カ月間外相を務めた岸田首相、外交は人の気持ちをつかむことから始めなければならないことを彼もよく知っているはずだ。

ソ・スンウク/論説委員


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