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【コラム】兄妹政治を継いだ金正恩、今度は10歳の娘を出して家族政治(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長

金正日(キム・ジョンイル)総書記(2011年死去)の妹への愛情は特別だった。金正日は7歳の時に母と死別した後、継母の下で育ち、異母の弟の牽制を受けた。金日成(キム・イルソン)主席の2人目の夫人・金聖愛(キム・ソンエ)の圧力を抑えた金正日にとって、実妹の金敬姫(キム・ギョンヒ)は唯一信頼できる血縁だった。張成沢(チャン・ソンテク、2013年処刑)との恋愛に反対した父(金日成主席)を説得して結婚を実現させたのも金正日だった。張成沢が脇目を振れば「革命化」した。

1971年に朝鮮民主女性同盟執行委員として活動を始めた金敬姫は、兄の後光で労働党の核心へと一歩ずつ成長した。労働党国際部副部長を経て党経済政策検閲部長、軽工業部長を務めた。北朝鮮の最高政策決定機構である党政治局委員にもなった。金正日時代の北朝鮮の兄妹政治はこのように進行した。


◆金正日「妻は田舎者」


北朝鮮の権力が3代続く間、ファーストレディの比重は大きくなかった。1949年に死去した金日成主席の最初の夫人・金正淑(キム・ジョンスク)が北朝鮮の住民に「母」として崇められているだけだ。いつも照明は最高指導者と後継者、娘など金氏一家の血統に向けられていた。最高指導者のバトンを受け継いだ金正日は後継者時代を含め、夫人を公式的な席に登場させたことがない。洪一茜(ホン・イルチョン)、成ヘ琳(ソン・ヘリム)、金英淑(キム・ヨンスク)、高容姫(コ・ヨンヒ)など複数であったうえ、夫人の外部活動を好まなかったという。

78年に拉致されて金正日と私的な空間で何度か会った映画関係者の申相玉(シン・サンオク)-崔銀姫(チェ・ウンヒ)夫婦は「金正日は夫人を『田舎者』と呼んでいた」とし「『女は家で子育てをするのが一番』という話をした」と振り返った(申相玉、崔銀姫『祖国はあの空の彼方に』)。

金正日の正妻として知られる金英淑と娘の金雪松(キム・ソルソン)の顔を見た外部の人は、米国国籍の親朝派、朴敬允(パク・ギョンユン)金剛山(クムガンサン)国際グループ会長が唯一だ。

金正日時代にはファーストレディに対する関心そのものがタブーだったという。金正日の晩年にそばにいた金玉(キム・オク)も書記(秘書)の役割であり、北朝鮮住民にファーストレディとして認識されていない。したがって2012年に金正恩が夫人(李雪主)を労働新聞に登場させ、各種行事に夫婦同伴で現れる姿は、北朝鮮の住民には見慣れなかったはずだ。

父の影響だったのか。金正恩時代にも異母兄弟を除去し、実妹の金与正(キム・ヨジョン)副部長を自身のアバターとして登場させるなど、兄妹政治が続いた。違いがあるとすれば、金与正の外形的な活動範囲は叔母の金敬姫よりはるかに広く、影響力が大きいという点だ。金敬姫は政策よりも金正日の身辺を管理することに集中した。特に2008年に金正日が脳卒中で倒れた直後はそうだった。


【コラム】兄妹政治を継いだ金正恩、今度は10歳の娘を出して家族政治(2)

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