ペレさんが2021年9月、ブラジル・サンパウロのある病院に入院した姿。[ペレさんのインスタグラム キャプチャー』
インファンティノ会長は3日、自身のインスタグラムで論議を呼んだ写真を公開しながら「ペレの同僚と家族から写真を撮ってもよいかと尋ねられ、これに応じた」とし「ペレの同僚に協力したことが批判を受けるのなら、これを喜んで受け入れ、サッカーの伝説をつくるのに寄与した人たちにどこでも協力し続ける」とコメントした。
インファンティノ会長はブラジル・サンパウロ州サントスのサッカー場で営まれたペレの葬儀で、ペレのブラジル・サントス時代の同僚らと写真を撮影した。これに対し一部では、ペレの棺のそばで自撮りをしたと指摘した。
しかし「ペレの同僚がどのように自撮りをするのか分からず、私が携帯電話を持って写真を撮影した」というのがインファンティノ会長の説明だ。インファンティノ会長は「知りもせず情報も確認せずにコメントを書いたり話したりする人たちは、自分たちの過ちを認めて正す品位と勇気を持ってほしい」と書いた。
FIFAワールドカップ(W杯)で唯一3度の優勝を経験するなど最高のサッカー選手で活躍したペレは昨年12月30日、がんとの闘病の末、82歳で死去した。故人は葬儀の後、現地時間の3日に共同墓地に安置された。
一方、インファンティノ会長はペレの葬儀で「世界すべての国にサッカー場1カ所はペレの名前を付けてほしいと要請する」と述べた。
インファンティノ会長はSNSで「最も重要なことは『皇帝』ペレに敬意を表すこと」とし「211の加盟国全体に少なくとも一つのサッカー競技場にはペレの名前を入れてほしいと丁重に提案したが、本社にある競技場に『イスタディオ・ペレ-FIFAチューリッヒ』という名付けて模範を示す」と伝えた。
ペレは1972年、サントス所属で来韓し、韓国チームと親善試合をした。当時の競技場はソウル運動場で、現在の東大門(トンデムン)デザインプラザの場所にあった。
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