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【コラム】保守政権が光った時=韓国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
◆ハナ会の解体と金融実名制

民主自由党への統合を通じて登場した金泳三政権の政策はその方向を把握するのが難しかった。金泳三大統領は生涯、野党指導者として生きたが、政権を握るために新軍部との合同を敢行した。金泳三政権が1961年以降の最初の民間人政権というが、強硬な軍部と保守、これを後押ししていた財閥に触れるのは難しいと予想された。

長期囚の北朝鮮送還、南北首脳会談の推進が金日成(キム・イルソン)主席死去後に弔問問題をめぐる論争を呼んだが、誰も予想できなかった軍内の政治的派閥ハナ会の清算を実現させた。当時、ハナ会所属の軍人が陸軍参謀総長、機務司令官、1・3軍司令官、2作戦司令官、合同参謀本部作戦部長として活動していた。金泳三大統領は軍統帥権者として、彼らに予備軍編入または左遷措置を取った。


金融実名制は革命的といえる。資金の不法使用は借名口座を通じて可能で、租税回避のために最も重要な手段でもあった。1980年代初めの張玲子(チャン・ヨンジャ)事件以降、金融実名制の必要性が提起されたが、企業活動の萎縮と経済状況の悪化を理由にその実施が遅れていた。しかし金泳三政権は1993年8月12日午後8時、大統領緊急命令の形式で金融実名制を電撃実施した。

◆保守だからこそ可能な政策

歴代の保守政権に対する消えない記憶は、このように期待されていなかった政策から生まれた。保守政権で予想される政策はそれほど感動もなく論争の対象になった。これは進歩政権も同じだ。しかし国民が感動する政策は、期待して予想した政策ではなかった。

全く予想できなかったが時代と社会が要求する政策が出てきた時、社会的に論争がなく、歴史的に重要なものとして記憶されている。論議を呼ぶと予想される政策だが、保守だからこそできる政策がある。イデオロギー的な対立が強い状況で進歩が進歩をすれば疑いをかけられるが、保守が進歩をすれば誰もイデオロギー的な色眼鏡をかけて眺めなくてもよいからだ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が韓米FTAをしたようにだ。

米国でニクソンが当選した当時、誰も彼の中国訪問を予想していなかった。ニクソンは米国で最も保守的な政治家の一人であり、1950年前後のマッカーシズムにも関係がある政治家だった。保守の最前方にいたニクソンがカンボジアへの戦線を拡大したのは社会的に大きな反発を呼び、チリのアジェンデに反対するクーデター支援は民主主義を破壊するものとして歴史的に大きな批判を受けている。

半面、彼の中国訪問と毛沢東との茅台酒の乾杯は歴史の中に永遠に記憶されるだろう。ベトナム戦争での失敗、米国の経済的・財政的状況悪化が保守的なニクソンを動かしたが、彼は強力な反共政策よりはデタント(緊張緩和)を通じて当時の現実を直視した。

◆ニクソンとアイゼンハワーの記憶

第2次世界大戦で欧州戦線の米軍司令官だったアイゼンハワーは在任期間中、大量報復戦略を通じて国防の現代化を推進した。対外援助も軍事安保法の下で行われた。しかしアイゼンハワーに対する歴史の記憶は彼が退任しながら残した演説だった。「望むかどうかに関係なく軍産複合体が統制不可能な影響力を持つ可能性があるため、政権はその影響力を警戒しなければならない。誤って与えられた権力が災難のように跋扈する可能性は今でもあり、今後もあるだろう」。

5年ぶりに保守政権がまた始まる。進歩政権以前にあった保守政権の9年間の実験は決して成功ではなく、印象的な記憶を残すことができなかった。BSE(牛海綿状脳症)、4大河川、統一テバク(大当たり)、THAAD(高硬度防衛ミサイル)、慰安婦合意、国政壟断などが残っている記憶だ。新しく始まる保守政権は歴史の中にどのような香りを残すのかが気になる。しかし、保守が進歩をする時、そして進歩が保守をする時、世論から自由であり歴史に深く記憶されるという点を忘れないでほしい。

パク・テギュン/ソウル大国際大学院長


【コラム】保守政権が光った時=韓国(1)

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