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【ナウ・イン・ジャパン】論争の佐渡金山、朝鮮人徴用の痕跡はたった2行だけ(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

明治時代以降に使われた佐渡金山の道遊坑道遺跡。イ・ヨンヒ特派員

◆一時日本で最も裕福だった地域

鉱山遺跡への入口や市内ホテル、旅客ターミナルなどで佐渡金山のユネスコ推薦を祝うポスターや横断幕が翻っていたが、関心を持って眺める人はほとんどいなかった。平日だからか、島の中心地も行き来する人の姿はほとんどなかった。50代のタクシー運転手は「佐渡金山ユネスコ登録を切実に望むのは、それが佐渡島が再生する唯一の方法だから」と話した。

面積855平方キロメートルで、本土を除いた島のうちでは沖縄に次いで2番目に大きな佐渡島は、金が生産された江戸時代、全国から10万人が押し寄せた。日本で最も裕福な地域の一つとして「徳川幕府の財布」と呼ばれたこともあった。1990年代にも人口は12万人に達し、全国で年間100万人を越える観光客が訪れた。だが、若者たちが本土に出ていって現在人口は5万人にまで減少したが、このうち48%が65歳以上の高齢層だ。


島が活気を失うと訪問客も急減、一時は東京からの直航便があった佐渡空港は2014年に閉鎖を余儀なくされた。昨年は新型コロナウイルス感染症(新型肺炎)まで重なり、観光客数が25万人にとどまった。「(佐渡)島には若い人々を集める産業がありません。税収が減って財政も良くありません。ユネスコ登録に希望をかける人が多いですが、うまくいくかどうか…」。観光客案内も兼ねているというタクシー運転手が言葉を続けた。

◆「朝鮮人が働いていた事実を知らせるべき」

佐渡金山で朝鮮人が働いていた事実を今回初めて知ったという住民もいた。各種資料によると、太平洋戦争後半期、ここに1200~2000人の朝鮮人労働者が動員されて過酷な環境で働いていた。相川遺跡で会った40代女性は「韓国が(ユネスコ登録に)反対するといって驚いた。朝鮮人が働いていたことを今回初めて知った」としながら「朝鮮人が来て働いていた事実をありのまま伝えて登録を推進するのがいいのではないか」と話した。

過去10年間、佐渡金山世界遺産登録を推進してきた「佐渡を世界遺産にする会」の中野洸会長は「佐渡の住民はここに金鉱があった事実を誇らしく思っている」としながら「歴史問題は国と国との間で解決するべきこと」と話した。

だが、現在造成された佐渡金山の遺跡からはこちらでつらい思いをしながら働いていた朝鮮人の痕跡を探してみることはできない。明治時代の鉱山案内文にも当時朝鮮人が動員されて仕事をしたという説明はない。ただ鉱業機械展示場の壁の一方に掲示されている「佐渡金山近代史年表」で「朝鮮人」という単語を発見することができた。「昭和14年(1939年) 労働動員計画で朝鮮人労働者の日本動員が開始」「昭和20年(1945年)9月 敗戦によって朝鮮人労働者が帰朝」--たった2行だった。


【ナウ・イン・ジャパン】論争の佐渡金山、朝鮮人徴用の痕跡はたった2行だけ(1)

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