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【コラム】突然の終戦宣言、山に行って魚を捕る格好(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

14日、ソウル汝矣島(ヨイド)の国会議員会館で開かれた韓半島終戦宣言のための大討論会で、李仁栄(イ・インヨン)統一部長官(前列右)ら出席者が国民儀礼をしている。 イム・ヒョンドン記者

ケロッグ-ブリアン条約がある。第1次世界大戦が終わって10年が過ぎると、今後の戦争を防ごうとして1928年8月27日、フランク・ケロッグ米国務長官とアリスティド・ブリアン仏外相の提唱で15カ国でスタートし、63カ国が参加した国際条約だ。この条約で初めて戦争が不法と規定された。しかし条約締結から10年後に第2次世界大戦が勃発した。ドイツと日本も条約締結国だった。平和を目指した条約が残した「平和的」結果は、ケロッグがノーベル平和賞を受賞したこと以外にない。その後、どの戦争も防ぐことができなかった。

1938年9月29日に締結されたミュンヘン協定がある。ドイツ総統ヒトラー、英首相チェンバレン、伊首相ムッソリーニ、仏首相ダラディエが署名した。翌日、チェンバレンは英国に戻って「我々の時代のための平和」を守ったと自画自賛した。この協定はドイツに軍事的力量を強化する時間を与えただけだ。6カ月後にドイツはチェコスロバキア併合を始め、第2次世界大戦を起こした。「我々は完全に敗北した」「これは終わりでない。始まりにすぎない」。この言葉はミュンヘン協定のことを聞いてチャーチルがした絶叫だ。しかし「愚昧な愚衆」は揶揄しながら彼を戦争狂と罵倒しただけだ。

◆文大統領、安全保障問題で信頼与えられず

国の仕事をする人が条約や協定で現実を完全に統制することができると確信すれば、それは幻想に陥っているか、心理的期待と客観的事実を区別できなかったり、心と口を別に動かすトリックに優れた人だ。モルヒネのような一時的な平和ならまだしも、それを長期間守った平和協定は人類の歴史でまだない。平和を前に出した国はたいてい平和を失って屈従した。歴史の本で学びながらも知らないふりをする。それは裏があるからだ。

文在寅(ムン・ジェイン)大統領も条約や協定のはかなさを知らないわけではない。終戦宣言を主張しながらも2018年9月25日、米FOXニュースのインタビューで「終戦宣言は政治的な宣言であり、いつでも取り消すことができる」と述べた。ある宣言を主張する国の首班がいつでも取り消すことができると話すのを聞くのは本当にきまり悪い。それでも崔鍾建(チェ・ジョンゴン)外交部第1次官は先月15日の韓米戦略フォーラムで、終戦宣言から「誰も抜け出せない枠組み」を作るべきと主張した。大統領と外交次官の間には言葉の位置には大きな間隔がある。この間隙に何か裏があるのだろう。それは、何とか当事国を終戦宣言に参加させた後、終戦宣言でたとえ副作用が生じてもその副作用を守るという意味と読み取ることができる。

私は文大統領が主張する終戦宣言に反対する。宣言自体が大統領本人が述べたように「いつでも取り消すことができる」程度で実効性がなく、終戦宣言で引き起こされる「誰も抜け出せない枠組み」が大韓民国の安全保障にはむしろ危険になるからだ。文大統領は安全保障に関する問題ではずっと信頼を与えることができなかった。

◆国軍の日に歌手を呼んでショー

終戦宣言は安全保障イシューであり、その中心には北朝鮮の核兵器がある。北朝鮮の核問題で金大中(キム・デジュン)-盧武鉉(ノ・ムヒョン)-文在寅は同じ立場だ。彼らは北朝鮮が核を開発する時からそれを隠したり度外視したりしながら「北朝鮮は核を開発する意志や能力がない」と話してきた。盧元大統領は北核問題をめぐり北側の立場を持って米国と戦ってきたし、国際舞台で北朝鮮の立場を弁護してきた。これは盧元大統領本人が自ら述べたことだ。北朝鮮の核兵器を容認したり、あえて目を閉じる立場を持つ大統領が、今になって終戦宣言を「非核化入口論」として使用できると述べるのは「無等山(ムドゥンサン)でフナを捕ってくる」というほど戦略的な一貫性がない。戦略的な一貫性がないことを我々は幻想という。

文大統領は自身が宣言した人事5原則を票を獲得するためだけに使い、当選後にはボロ靴のように捨てた。就任時の言葉は一行も守られなかった。任期中は絶えず嘘と「ネロナムブル」(私がすればロマンス、他人がすれば不倫というダブルスタンダード)が続いた。政治は言葉でするものだが、言葉が信頼を失ったため、終戦宣言の話も信頼できなくなった。文大統領の言葉の習慣で見ると、終戦宣言は文大統領の言葉と異なる角度を内蔵しているとみるのが合理的だ。これが文大統領の裏心だろう。

文大統領は安全保障に関する限り大韓民国の自尊や利益とは違う道を進んだ。こうした事例はいちいちを挙げられないほど多い。大韓民国の歴史上初めて国軍の日を軍事パレードもなく夜に歌手を呼んでショーで送った。核を保有する北朝鮮の反応を気にしたり、機嫌をとるためにそのようにしたのだ。軍統帥権者であるにもかかわらず、任期中ずっと民族観念を中心にし、大韓民国のために戦った人を迫害し、むしろ大韓民国を敵として戦った者を持ち上げるのに忙しかった。


【コラム】突然の終戦宣言、山に行って魚を捕る格好(2)

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