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韓国国防長官「脱北者、送還を恐れて軍哨所を避けた」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

16日未明、江原道高城郡(カンウォンド・コソングン)陸軍第22師団地域の民間人統制線内で脱北男性の身柄が確保された。写真は海岸で捜索・警戒訓練をする陸軍初等措置部隊員。 写真=陸軍

16日に東海(トンヘ、日本名・日本海)で38度線を越えた北朝鮮の男性は、送還されることを恐れて軍哨所を避けていたことが確認されたと、韓国の徐旭(ソ・ウク)国防部長官が23日明らかにした。徐長官はこの日、国会国防委員会で「北の男性はなぜ軍哨所を避けていたのか」という河泰慶(ハ・テギョン)国民の力議員の質問に対し、「軍の哨所に入って亡命すれば北に送り返されると思ったと陳述した」と答えた。続いて「それで民家に行こうとしたようだ。軍人が武装しているため銃で撃たれると考えたのかもしれない」と話した。

河議員は「北の内部では韓国に脱北者が行っても送還されると虚偽の宣伝をしている。その証拠が今回来た人だ。脱北したくても軍が脱北者を保護しないという疑心のため、できない人たちがいるということだ」とし「この問題への対処が必要だ」と強調した。韓国政府は昨年11月、東海で拿捕された北朝鮮住民2人を北朝鮮に強制追放した。

「最初の報告をいつ受けたのか」という尹柱卿(ユン・ジュギョン)国民の力議員の質問に対し、徐長官は「(16日)午前6時過ぎに知った。状況が深刻だと判断していればすぐ(報告)したはずだが(監視兵は)出退勤する幹部だと(当時の)状況を誤認したようだ」と答えた。

軍当局は警戒の失敗を認める独自の調査結果を出した。韓国軍合同参謀本部によると、軍は北朝鮮の男性が上陸した直後、監視カメラに5回捕捉され、2回の警告が表示されたが、確認さえもしなかった。軍は北朝鮮男性の移動経路である海岸の鉄柵の下に排水路があるという事実も把握していなかった。

合同参謀本部によると、北朝鮮の男性は16日午前1時5分ごろ、江原道高城郡(カンウォンド・コソングン)統一展望台付近の海岸(陸軍第22師団の警戒地域)に上陸した。軍はこの男性が潜水服を着て6時間ほど泳いで38度線を越えたと推定した。潜水服と足ひれを上陸地点から遠くない岩の間で脱いだ後、南側に向かって400メートルほど歩いた。この過程で軍の近距離監視カメラ4台が男性の動きを5回も捉えた。こうち2回は警告音まで鳴った。合同参謀本部の関係者は「当時、ほかの作業中だった映像監視兵が誤警報と考えて確認もせず、表示も2回とも消してしまった」と明らかにした。これを監督すべき将校がすぐ後ろにいたが、部隊との電話のために見逃したことが明らかになった。

軍の最初の警戒網を突破した北朝鮮男性はその後、海岸鉄柵の下の排水路を発見した。直径90センチ、長さ26メートルの排水路の入口には、錆びた遮断膜が毀損したまま放置されていた。結局、男性は容易に排水路をはって通過し、民間人統制線の内側に入ることができた。

軍当局は管理が徹底されていなかった点を認めた。韓国に暮らしていた脱北民が昨年7月、江華島(カンファド)から北朝鮮側に戻る事件が発生した後、全軍が排水路を一斉に点検したが、該当の排水路は管理目録になかった。合同参謀本部の関係者は「現場調査の過程で、これまで管理していなかった排水路3カ所を追加で発見した」と話した。続いて「該当地域には高い防壁があり、排水路が突出していないため、そこまで確認できなかったようだ」とし「海岸側には未確認地雷があり、捜索偵察もしないところ」と説明した。しかし該当地域を知る元軍関係者は「そこに未確認地雷地域はない。普段から海岸を徹底して巡回査察していれば排水路を容易に探せたはず」と話した。

北朝鮮男性が軍の監視装備にまた姿を露出したのは、排水路を通過して2時間20分ほど経過した午前4時12分ごろだ。排水路から5キロ南側の海軍合同作戦支援所の柵に設置された監視カメラが男性を1分ほどの間隔で3回捉えた。アラームは鳴らず、衛兵所の勤務者も発見できなかったという。

3回も警戒網を突破した男性は4時15分ごろ、猪津(チェジン)検問所の監視カメラに2度露出した。その時ようやく検問所の勤務兵が「身元未詳者を発見した」と報告した。しかしそれだけだった。合同参謀本部の関係者は「小哨で自主的な初動措置を取ったが、身柄の確保に失敗した」とし「約30分後に師団長に報告した後、捜索・警戒段階を格上げし、6時35分ごろ『警戒態勢1級』を発令した」と明らかにした。

北朝鮮の男性は16日午前7時27分ごろ、検問所から100メートルほど離れた山で分厚いパディングジャケットを着て落葉を覆って眠っているところを発見された。強風が吹く寒い日に6時間も泳いで脱北することが可能かという疑問が提起される。合同参謀本部の関係者は「(この男性が)漁業関連の副業をし、海に慣れていたことが調査で分かった。長時間の水泳が可能だったはず」と話した。続いて「首と身体が分離する緩い形態の潜水服の中に分厚いパディングと靴下を着用し、体温を維持できたと判断する」とし「米海軍の潜水教本によると、7度の海水温度で5時間以上の活動が可能だと明示されているが、当日の海水の温度は5-8度だった」と説明した。しかし軍の資料には防水服を着ても海水温度8度では生存可能時間が2時間15分、6度では1時間45分と書かれている。

軍当局はこの男性を「亡命者と推定される民間人」と伝えた。しかしある政府情報筋は「三陟(サムチョク)港木船亡命事件当時の北の漁民の姿とは比較にならないほどきれいな身なりだった」とし「パディングや潜水服・足ひれなどは北では手に入りにくい製品と考えられる」と疑問を提起した。

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