その代表的な事例が1994年の第1次北朝鮮核危機だ。北朝鮮は93年に核拡散防止条約(NPT)を脱退した後、核実験と弾道ミサイル「ノドン1号」発射を強行した。94年3月に板門店(パンムンジョム)で開かれた南北特使交換実務者会談で北朝鮮代表の朴英洙(パク・ヨンス)祖国平和統一委員会副局長は「戦争が起こればソウルを火の海にする」と脅迫し、緊張を高めた。これを受け、米クリントン政権は北朝鮮の核施設だけを除去する「精密爆撃」を準備した。しかし北朝鮮が報復に乗り出す場合、大量の長射程砲をソウルに発射するという韓国政府の懸念のため実行に移せなかった。当時、韓米連合軍が首都圏北側に配備された北朝鮮軍の長射程砲を早期に除去できる案がなかったからだ。
ブッシュ政権当時の2002年にも先制打撃問題が米国で議論された。
ブッシュ政権当時の2002年にも先制打撃問題が米国で議論された。
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