非朴系中心のセヌリ党議員29人が、昨日、集団離党届けを提出して改革保守新党の立ち上げを宣言した。発起人大会と市・道創党大会を経て、来年1月24日、正式に新党を結成する。史上初の保守政府与党の分党で政界は26年ぶりに4党体制に突入した。もちろん、現在の4党体制は総選挙の結果ではなく、親朴・非朴の内紛の産物という点で安定した姿でない。セヌリ党内では新党に参加する議員が相当数待機しており、有力大統領選候補の招へいの如何では、政界がいつ・どのような形で解体し集まるか予断を許さない。このため「一時的な別居」という言葉まで登場している。
新たに登場した4党体制には多くの意味が含まれている。まず、朴槿恵(パク・クネ)大統領が植物大統領となる中、国政を導くべき政府与党まで割れてしまった政治的意味は大きい。セヌリ党は100議席を割り、新党と野党が推進する法案を阻止することも難しくなった。国政の主導権は名実相伴うように非セヌリ党へ移った。だが、これよりも重要なことは、セヌリ党からあと何人離党するか、第4党として出発した新党が院内3党に上がれるかという問題ではない。分党を機に、セヌリ党と改革保守新党が国と国民を導く新しいビジョンとリーダーシップを備えた真の保守政党として果たして生まれ変わることができるかということだ。
セヌリ党は親朴の公認専横によって前回の総選挙で惨敗した。「真朴鑑別」云々し、国よりも大統領、党よりも派閥を優先したこうした行為が、結局、セヌリ党の親朴私党化を生んだ。分党と保守の危機はその結果だ。それでも覇権を握り、安定を欠いたまま国をこのような有り様に陥れた親朴は自粛・自重するどころか、かえって固く団結して時代的流れに逆行している。ろうそく民心は2カ月にわたって崔順実(チェ・スンシル)国政籠絡と朴大統領の無能に憤怒しているが、セヌリ党親朴勢力にはどこ吹く風だ。反省も政界引退もない。人的清算の対象者に挙げられている徐清源(ソ・チョンウォン)・崔ギョン煥(チェ・ギョンファン)・李貞鉉(イ・ジョンヒョン)議員らは離党や党除名の可能性を一蹴している。このため党支持率は連日史上最低値を塗り替え、党内には立てられるほどの大統領候補が1人さえいない。親朴系の目だけにはろうそく民心が映っていないようだ。
願わくは保守と進歩の二大価値が共存し、これを代弁する二勢力間の健全な競争で国家と社会が発展してほしいものだ。保守の壊滅はそうした点で韓国社会にとって災難だ。保守は危機を克服して生まれ変わらなくてはならない。派閥の利益だけを掲げる身内政治や盲目的忠誠など保守を堕落させた人々を取り除いてこそスタートラインに立てる。配慮と包容、責任と献身という保守の価値を復活させなくてはならない。傲慢・不通の垣根を崩してこそ国民を説得する道徳性とリーダーシップを生き返らせることができる。それなら、今まさにスタートしようとしている保守新党にしても、セヌリ党にしても、進むべき道は明らかだ。国の安全と危機と国民経済に対する無限責任を負うという真の心を国民に示すべきだ。新党に対する国民の反応がひとまず懸念よりも期待側に傾いている背景にはこのような意味が隠されている。無限大の刷新競争だけが保守復活の道だ。
新たに登場した4党体制には多くの意味が含まれている。まず、朴槿恵(パク・クネ)大統領が植物大統領となる中、国政を導くべき政府与党まで割れてしまった政治的意味は大きい。セヌリ党は100議席を割り、新党と野党が推進する法案を阻止することも難しくなった。国政の主導権は名実相伴うように非セヌリ党へ移った。だが、これよりも重要なことは、セヌリ党からあと何人離党するか、第4党として出発した新党が院内3党に上がれるかという問題ではない。分党を機に、セヌリ党と改革保守新党が国と国民を導く新しいビジョンとリーダーシップを備えた真の保守政党として果たして生まれ変わることができるかということだ。
セヌリ党は親朴の公認専横によって前回の総選挙で惨敗した。「真朴鑑別」云々し、国よりも大統領、党よりも派閥を優先したこうした行為が、結局、セヌリ党の親朴私党化を生んだ。分党と保守の危機はその結果だ。それでも覇権を握り、安定を欠いたまま国をこのような有り様に陥れた親朴は自粛・自重するどころか、かえって固く団結して時代的流れに逆行している。ろうそく民心は2カ月にわたって崔順実(チェ・スンシル)国政籠絡と朴大統領の無能に憤怒しているが、セヌリ党親朴勢力にはどこ吹く風だ。反省も政界引退もない。人的清算の対象者に挙げられている徐清源(ソ・チョンウォン)・崔ギョン煥(チェ・ギョンファン)・李貞鉉(イ・ジョンヒョン)議員らは離党や党除名の可能性を一蹴している。このため党支持率は連日史上最低値を塗り替え、党内には立てられるほどの大統領候補が1人さえいない。親朴系の目だけにはろうそく民心が映っていないようだ。
願わくは保守と進歩の二大価値が共存し、これを代弁する二勢力間の健全な競争で国家と社会が発展してほしいものだ。保守の壊滅はそうした点で韓国社会にとって災難だ。保守は危機を克服して生まれ変わらなくてはならない。派閥の利益だけを掲げる身内政治や盲目的忠誠など保守を堕落させた人々を取り除いてこそスタートラインに立てる。配慮と包容、責任と献身という保守の価値を復活させなくてはならない。傲慢・不通の垣根を崩してこそ国民を説得する道徳性とリーダーシップを生き返らせることができる。それなら、今まさにスタートしようとしている保守新党にしても、セヌリ党にしても、進むべき道は明らかだ。国の安全と危機と国民経済に対する無限責任を負うという真の心を国民に示すべきだ。新党に対する国民の反応がひとまず懸念よりも期待側に傾いている背景にはこのような意味が隠されている。無限大の刷新競争だけが保守復活の道だ。
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