盧武鉉大統領(左)と金正日総書記が第2回南北首脳会談3日目の2007年10月4日午後、平壌百花園迎賓館で対話している。(写真=中央フォト)
金万福(キム・マンボク)元国家情報院長、李在禎(イ・ジェジョン)元統一部長官、白鍾天(ベク・ジョンチョン)元青瓦台(チョンワデ、大統領府)安保政策室長が共著した南北首脳会談回顧録『盧武鉉の韓半島平和構想、10・4南北首脳宣言』でだ。これによると、金正日は盧大統領との会談で、2000年6・15共同宣言当時を振り返りながらこのように述べたという。
「(当時、金大中)大統領が提起するすべての問題、また我々が合意したこの問題をめぐり再び文書化して出すと、これも紙切れになるのではないだろうかと話すと、金大中大統領は絶対にそうはできないといって良いものを一つ出そうと度々督促し、6・15共同宣言、双方が苦労して完成させ…(しかし)6・15共同宣言の5年間の歴史の時間を見ると、ただ象徴化された空のスローガンになり、空の紙、空の箱になったと考える」。
6・15宣言後、追加の経済協力が期待に達しなかったことを間接的に表したのだ。金万福元院長らは「北側はまず相互経済協力問題を重点的に議論する必要があるという戦略的な判断をしたとみられる。短い首脳会談期間に具体的な統一案に重点を置けば、むしろ会談の進展に障害が生じることを憂慮したようだ」と書いた。
回顧録は終戦宣言を平和協定に転換する問題も取り上げた。平和協定のイシューは盧大統領が持ち出した。金正日は当初、「(平和協定は南北ではなく)朝米間の解決事項」であることを固執し、対話から除こうとした。
盧大統領は当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領が北朝鮮の非核化を前提に平和協定の締結など朝米関係進展のために努力していると改めて強調すると、初めて金正日が関心を見せたという。結局、「(宣言文に)『3者または4者の首脳が終戦宣言する問題を推進するために協力しよう』という表現を盛り込むことで合意しよう」と述べた。金万福元院長らは回顧録で「北が『3者または4者の首脳』というあいまいな表現に固執したのは、韓中国交正常化以降の朝中間の葛藤を勘案し、今後の韓半島平和協定締結当時に中国が参加するかどうかを対中国カードとして活用するためのもの」と解釈した。
盧武鉉に会った金正日「金大中との6・15宣言は空箱」(2)
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