朴大統領の彭木港行きは、セウォル号をめぐる対立をしずめるどんな効果も上げられなかった。朴大統領は談話文で「船体を可能な限り早く引き揚げて、被害者家族の苦痛を軽減して差し上げるために最善を尽くす」と明らかにした。しかし4・16家族協議会は談話文の発表直後である同日午後2時に安山で開く予定だった追悼式まで中止にしながら「大統領の談話内容は言うまでもない話」と一蹴した。
追悼さえ拒まれる大統領と首相を見るのは残念で悲しいことだ。さらに残念なのは、朴大統領はその役割を果たせることができたのにタイミングを逃したということだ。青瓦台(チョンワデ、大統領府)は事故から1年を前にしても「大統領は民間行事には参加しない」という先例にしばられて躊躇しているうちに信頼を失った。大統領が数日前にでも「私はその日、彭木港にいる」と一言さえ言っておけばどうだったのだろうか。
追悼さえ拒まれる大統領と首相を見るのは残念で悲しいことだ。さらに残念なのは、朴大統領はその役割を果たせることができたのにタイミングを逃したということだ。青瓦台(チョンワデ、大統領府)は事故から1年を前にしても「大統領は民間行事には参加しない」という先例にしばられて躊躇しているうちに信頼を失った。大統領が数日前にでも「私はその日、彭木港にいる」と一言さえ言っておけばどうだったのだろうか。
この記事を読んで…