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104年前の高宗の寝室…蘇った徳寿宮石造殿

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

文化財庁が7日に公開した徳寿宮石造殿内部の様子…復元された皇后の寝室。1910年竣工当時、 純貞孝皇后の寝室として設計されたが、この翌年に純貞孝皇后が亡くなったため使用されることはなかった。(写真=クォン・ヒョクジェ写真専門記者・文化財庁)

復元された皇帝の寝室。高宗は徳寿宮咸寧殿に寝室を構えたため実際には使われず、日本に連れて行かれた英親王が帰国するたびに宿所として使用した。(写真=クォン・ヒョクジェ写真専門記者・文化財庁)

上は104年ぶりにその姿が再現された1階の中央ホール。下は1911年の中央ホールの様子。国内外の要人と共にポーズを取る英親王(中央)が見える。

2階の皇帝・皇后の寝室にそれぞれ設置された化粧室。

洋式のバスタブが置かれた風呂場。(写真=クォン・ヒョクジェ写真専門記者・文化財庁)

近代の自主国家宣言の象徴的な建築物である徳寿宮(トクスグン)石造殿が104年前の姿で再び蘇った。韓国文化財庁は7日午前、5年にわたる復元工事を終えて「大韓帝国歴史館」として新たに生まれ変わった石造殿を公開した。

石造殿は大韓帝国光武皇帝〔高宗(コジョン)の大韓帝国期の呼称〕執務空間として1910年に完工した。中華体制から抜け出し独立国家の軸を置くための変化と改革を試みた高宗(1852~1919)の志が表れている。その後、日帝強制占領期間には徳寿宮美術館・李王家美術館に変形し、解放の後は米ソ共同委員会などが会議室として使った後、国立現代美術館・宮中遺物展示館・徳寿宮管理所等として使われ原形が大きく損なわれた。

事業費141億ウォン(約14億2400万円)を投じた今回の復元作業は、1898年英国人ハーディングの設計立面図の青写真と、日本の浜松市立図書館配置図などさまざまな考証資料と各界専門家の検証を基に行われた。復元諮問委員である京畿(キョンギ)大建築設計学科のアン・チャンモ教授は「石造殿は植民史観で歪められた高宗の自主的な近代化の意志が実践された建物で、大韓帝国歴史復元のひとつの道が拓かれた」と評価した。


大韓帝国歴史館は13日午後に開館して観覧客をむかえる。10月13日は光武皇帝が1897年に国号を大韓帝国として皇帝即位を宣言した日だ。文化財庁はその歴史性を再確認しようと、この日に開館式を開くと発表した。



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