エンフバヤルは2005-2009年にモンゴル大統領を務めた。ソ連マクシム・ゴーリキー文学大学と英リーズ大学で修学した後、1980-90年代に詩人兼翻訳家として活動した。92年に国会議員に当選し、政界に進出、文化部長官(92-96年)を務めた。その後、人民革命党(MPRP)総裁を経て首相(2000-2004年)、国会議長(2004-2005年)を歴任し、2005年5月に野党だった人民革命党の候補としてモンゴルの第3代大統領に当選した。モンゴルで3大要職である大統領と首相・国会議長をすべて務めた最初の人物だ。
左派政党出身で大統領になったが、在任期間は社会主義国だったモンゴルを自由民主主義国に変える路線を歩んだ。ロイター通信はエンフバヤルを「アジアのトニー・ブレア」と呼んだ。米国は2億8500万ドルの援助を彼に提供した。
左派政党出身で大統領になったが、在任期間は社会主義国だったモンゴルを自由民主主義国に変える路線を歩んだ。ロイター通信はエンフバヤルを「アジアのトニー・ブレア」と呼んだ。米国は2億8500万ドルの援助を彼に提供した。
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