1988年バンコクアジア競技大会から団体戦5連覇を達成した直後、感激の涙を流す女子アーチェリーリカーブ代表選手(左からチョン・ダソミ、チュ・ヒョンジョン、イ・トゥクヨン)。代表チーム最年長のチュ・ヒョンジョンは右肩の痛みのため出場権を譲った。
大韓アーチェリー協会は国際大会の成績と今大会の予選の成績を合わせてチョン・ダソミ、チャン・ヘジン、チュ・ヒョンジョンを団体戦の代表に選んだ。しかし3位のチュ・ヒョンジョンは出場権を後輩のイ・トゥクヨンに譲った。右肩の痛みのためだ。出場は可能だったが、影響が出るかもしれないと考えたチュ・ヒョンジョンは予選を終えた後、コーチングスタッフに自分の考えを伝えた。コーチングスタッフは一日さらに考える時間を与えたが、チュ・ヒョンジョンの心は変わらなかった。「私が譲ればイ・トゥクヨンにさらにプレッシャーがかかるのでは、これが本当にチームのための決定だろうかと、いろいろ悩んだ。それでも考えは変わらなかった」。イ・トゥクヨンは「チュ・ヒョンジョン先輩がプレッシャーを感じないように激励してくれた」と感謝の気持ちを表した。
チャン・ヘジンは「チュ・ヒョンジョン先輩の夢のおかげで金メダルを獲得できた」と言って笑った。チュ・ヒョンジョンは「団体戦に出ないと話す前に夢を見た。後輩たちを集めてふとんの下から金メダル3つを取り出す夢だった。後輩がプレッシャーを感じないように、ただ『いい夢を見た』とだけ話した」と伝えた。
<アジア大会>涙があふれたアーチェリー競技場(2)
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