雷軍が小米創業を控え中国最高の人材を引き込むため孤軍奮闘したストーリーは有名だ。粟のおかゆを一緒に食べて成功への意思を確かめ合った雷軍(中央)と6人の初期メンバー。(写真=小米ホームページ)
湖北省出身の彼は武漢大学計算機学部4年生だった1990年に友人らと初めて創業した。睡眠を忘れ没頭しながらPCで中国語を具現するプログラムを開発した。しかし安い複製品があふれて会社は6カ月で畳んでしまった。大学卒業後に北京に行った彼は新生企業のキングソフトの6番目の社員になった。会社は成長を続け、彼も高速昇進を繰り返し29歳で社長になった。マイクロソフト(MS)が中国に進出するとキングソフトは対抗馬としての位置づけを得るため孤軍奮闘した。特にワードプロセッサーとオフィスプログラムの開発に力を尽くした。
◇4月には中国でサムスン電子も追い越す
マイクロソフトに追いつくのは大変だった。雷軍は5回の挑戦の末に2007年に会社をやっと上場させることができた。そして突然引退を宣言する。心身ともに疲れ果てたのが大きかったが、根本的な原因は罪悪感だった。中国メディアの「新世紀周刊」によると、彼は2003年に他の人々に後れを取っていることを悟ったという。目端が利く人たちは早くからインターネットの世界に向け走って行ったが、本人はワードプロセッサーにしがみつきこうした流れに乗り遅れ、それによって会社と社員にまで大きな損失を及ぼしたということだった。
こうして始まった休息の時間は彼が社会変化と市場の流れを広く深く把握する契機になった。エンジェル投資家としてモバイルショッピングモール、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)など新分野の新生企業に資金を支援した。事業に対する人並みならぬ悟りも得た。成功は誠実さだけでは実現できず、最も有望な市場を探し流れに乗らなければならないということだ。彼はこれを「台風の街角に立てば豚も飛ぶことができる」という言葉で表現した。21世紀の産業台風はまさに「モバイルインターネット」だった。
長い摸索と省察の末に雷軍は結局もう一度創業に挑戦することにした。2010年4月に小米を設立した。小米のロゴは「モバイルインターネット」の頭文字である「M」と「I」を組み合わせたものだ。
◇創業メンバーと粟のおかゆ食べ成功誓う
小米は中国語で「粟」を意味する。創業メンバーと粟のおかゆを食べ意思を確かめ合ったとして付けた名前だ。2011年8月に初めての製品が出された。最初から転覆的だった。スマートフォン端末ではなく基本ソフト(OS)を先に出したのだ。アンドロイドOSを改造した「MIUI」だった。デザインと性能を使用者の好みに合わせカスタマイズできるようにした消費者親和型OSだ。
(中央SUNDAY第383号)
価格の無駄省いたスマホがヒット…急成長する小米(2)
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