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【噴水台】今、私ができること=韓国

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
「青い空も緑の木も/パッと咲いた花も装飾品のよう/君の笑顔が、君の体温が/懐かしくて懐かしくて、黄色いリボン」。

「キム・チャンワン・バンド」が28日にYouTube(ユーチューブ)にあげたセウォル号追悼曲『黄色いリボン』を聞いた。いつものように淡々としたキム・チャンワン氏の声は、淡々としてさらに心を揺さぶる。雨が降った先週末、彼は自責、批判、悲しみの中をさまよって無意識にペンをとり、この曲を書いたという。何もできないという無力感を振り払おうと、自分ができる音楽で追悼の意を伝えたのだ。

3年前の3月11日に起きた東日本大震災当時、日本人たちのSNSに最も多く登場した文は「今できることをしよう」だった。はかりしれぬ巨大な悲劇の前で、個人が繰り返し言うことのできる最低限の確約だった。それで誰かは節電運動に参加し、誰かはボランティアに出て、歌手は歌を作り、漫画家は絵を描いた。この2週間、絶望と怒りの中でセウォル号の関連ニュースだけを見ている人々もやはり「今私ができること」をさがし出そうと、力を振り絞っていることだろう。そしてある者は黄色いリボンをつけて、ある者は犠牲者の焼香所を訪れて白い国花(菊)一輪を捧げて心から泣いただろう。


先週末に開かれる予定だったのが中止となった音楽フェスティバル「ビューティフル・ミント・ライフ2014」に参加することを決めていた音楽家の心も、同じではなかっただろうか。悩んだ末に追悼の意を込めて行うことに決めた行事であり、歌手はその場で「私ができる音楽」で観客らと共感しようとした。もちろん全国的な哀悼の雰囲気の中で、野外で開かれる音楽行事を続けて行うことが負担になった地方自治体の悩みは理解できる。だが公演を翌日に控えていた時点で、企画会社やミュージシャン、観覧客の皆に向けた一方的な中止の通知だったという事実が残念だ。公演という形で追悼することを望む人々に、特定の哀悼の形を強要するようだからだ。

セウォル号の犠牲者焼香所を訪れた一部の弔問客の衣装をめぐる論争も同じだ。短い半ズボンで、野球帽をかぶって、登山服を着て献花したとして「追悼の気持ちが足りない」と誰が断定できるだろうか。誰かの目には障ったかも知れないが、彼らも日常を生きながら自身ができるやり方で哀悼して記憶するだけだ。誰も、他人の魂に刻まれた悲しみの大きさを断ずることはできない。「なぜ私のやり方通りに悲しまないのか」と言って他人を非難する刃が鋭くなる声が、この残酷で困難な春を、さらにやりきれなくさせている。

イ・ヨンヒ文化スポーツ部門記者



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