国内初の原子炉の研究用原子炉1号機(TRIGA Mark-II)が1995年に稼働を中断した直後の姿。この原子炉は保存価値が認められ、登録文化財となった。(写真=韓国原子力研究院)
研究用原子炉1号機を作り始めたのは59年。ソウル蘆原区孔陵洞の旧原子力研究所(現韓国原子力研究院)内に建設された。62年に完工し、初めての臨界(原子炉内で核分裂連鎖反応が一定比率で生じる正常稼働状態)に到達した。米ジェネラル・アトミックス社の製品で、本来の熱出力は100キロワットだったが、国内研究陣が改造して出力を250キロワットまで高めた。その後、この原子炉は原子力研究所が大田大徳特区に移し、95年に独自の技術で製造された研究炉を稼働するまで33年間、国内原子力研究の“母胎”の役割をした。
原子力発電所運転要員など関連産業従事者約1300人、ソウル大・漢陽大などの原子力工学科学生約1700人がこの原子炉で教育を受けた。医療診断用I-131、Au-198など、ラジオアイソトープ約10種類もこの原子炉で生産された。
しかしこうした功労にもかかわらず、研究用原子炉1号機は95年の稼働中断後、一時撤去される危機を迎えた。これを阻止したのが科学界の元老だ。2000年に当時の蔡永福(チェ・ヨンボク)韓国科学技術団体総連合会長(元科学技術部長官)ら約50人が「研究用原子炉保存推進委員会」を結成、「原子炉を文化財に指定して保存するべきだ」とし、科学技術部、産業資源部、所有主の韓国電力を説得した。「韓国原発の“元祖”を失うのは、自ら歴史的遺物を傷つけることだ」という主張だった。
これを受け、原子炉は生き残ることになり、来年まで汚染除去作業を終えた後、一般に公開される予定だ。韓国原子力研究院は「放射能に汚染された内部構造物(原子炉本体)だけを解体し、模型に変える計画」と明らかにした。
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