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費用がなくフランスに行けなかった朴正熙大統領、11月に娘が…(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

チョン・サンチョン氏が出した本。

朴元大統領は長女の朴槿恵(パク・クネ)大統領にフランス語を習わせた。当時の外交文書を見ると、朴元大統領は71年4月19日、マックス駐韓フランス大使を招請して会談し、「幼い頃、日本人の先生の意に反してフランスの歴史を勉強した」と回顧した。そして「長女(朴槿恵大統領)にフランス語を習わせた」と話した。韓仏文化交流が必要だという言及をしながらだ。

こうした影響のためか、朴槿恵大統領は74年、西江大卒業後に教授になるという夢を抱いてフランス留学に行ったが、母(陸英修)の逝去で6カ月で帰国した。今年11月、朴槿恵大統領はフランスを公式訪問する。父の「叶わなかった夢」を娘が果たすことになったのだ。

韓国を愛して慶尚南道陜川の海印寺に安置されたシャンボール駐韓フランス大使の話も興味深い。光復(解放)後、初代駐韓大使を59年から10年間務めたシャンボール大使は朴正熙元大統領と親しかった。シャンボール大使は朴元大統領のフランス訪問を推進した実務者であり、八堂ダム水力発電所にフランス資本と技術を引き込んだ張本人だ。シャンボール大使は「私が死亡すれば火葬して海印寺にまいてほしい」という遺言を残し、82年に死去した後、海印寺の山の斜面に埋葬された。シャンボール大使の孫のオリヴィエ・シャンボールもフランス外務省のアフリカ・インド洋担当副局長として勤務中で、次期フランス大使に挙がっている。


そのほかにもこの本には初めて公開される内容が多い。▼乙巳条約の不当性を知らせようとフランス政府に書簡を送った安東郡守クォン・ジェジュン▼忘れられたパリの独立活動家ソ・ヨンヘ▼パリ駐在北朝鮮民間貿易代表部設立--などの内容は、著者がフランスの資料を通じて初めて公開する内容だ。



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