ソウル鍾路区の日本大使館の前で開かれた「定期水曜集会」に参加したイ・ヨンニョさん。[写真=韓国挺身隊問題対策協議会]
韓国挺身隊問題対策協議会(挺身隊対策協)によると、1926年に京幾道驪州で生まれたイさんは生活が厳しく、人の家を転々としながら暮らした。イさんは16歳の時、大金を稼げるという家主の言葉にだまされ、釜山港から日本行きの船に乗った。しかし1カ月後に陸に到着したイさんを待っていたのは日本軍慰安所だった。
台湾・シンガポールを経てミャンマーで性的奴隷として苦痛を受けたイさんは解放後、収容所で過ごし、翌年の46年に帰国した。イさんは92年、挺身隊対策協に被害者申告をした後、日本軍の非人道的蛮行を国際社会に知らせるのに力を注いできた。
外傷後ストレス障害・脊柱管狭窄症など心身ともに苦しみながらも、00年に東京で開かれた日本軍性的奴隷戦犯国際法廷に出て証言した。当時、イさんは慰安婦強制動員と性暴力が国際法上の戦争・反人道犯罪であることを明確にし、加害者に対する刑事処罰を要求し、勝訴を引き出した。昨年は他の元慰安婦9人とともに、ソウルの日本大使館前の少女像に杭を立てた日本人をソウル中央地検に告訴した。イさんが死去したことで、登録慰安婦被害者234人のうち生存者は57人に減った。
セヌリ党の閔丙珠(ミン・ビョンジュ)報道官はこの日、論評を出し、「ついに日本政府の謝罪を受けることなく亡くなったイさんの冥福を祈る」とし「まだ裁判の結果を履行していない日本は今からでも慰安婦問題に対し、関係者が問題解決に向けた姿を見せるべきだ」と強調した。
民主党の朴用鎮(パク・ヨンジン)報道官もブリーフィングで哀悼の意を表し、「必ず日本の歴史的蛮行について謝罪を受ける堂々とした大韓民国をつくる」と述べた。民主党は指導部レベルで弔問日程を調整中だ。
挺身隊対策協は14日に開かれる定期水曜集会で黙とうなどイさんを追悼する行事を行う方針だと明らかにした。
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