知人がカカオトークに送ってきた「現実感のある最近のことわざ」を読んで笑いうなずいた。いくつか紹介する。「遅れたと思った時は手遅れだ」「行く言葉がきれいならば軽んじられる」「早く起きた虫が早く捕まえられる」「あしたすべき仕事をきょうに前倒しするな」「ちりは積もってもちり」「献身すれば履き古した履物になる」「逆境を踏んで倒れる」「最近の親孝行はセルフ」…。正統・主流議論を一瞬にしてひっくり返してしまう鋭いパロディだ。世間に作用する真実の一端を抱いており、そのまま笑って通り過ぎることはできない。
「幸福は成績順ではない」という。これも間違いだ。経験則では成績が良かった人が後で幸せになる確率がどうしてもさらに高い。私たちは冷静な現実と、こうだったらという希望・当為の社会をたびたび混同する。いや、混同したがる。主観的現実があまりに余裕がないせいだろう。
国別幸福度ランキングに関心を注ぐ背景にも、「幸福と物質的富は別」と信じたい心理が背景にあるのではないか。先週アフリカのタンザニアとウガンダを旅行しながら、基本的な物質的欲求充足がどれだけ重要なのか改めて感じた。英週刊誌のエコノミストが22日に発行した年末特集「2013年の世界」に、「来年どこの国で生まれたらさらに幸せだろうか」という題名のおもしろい調査結果が載せられた。英語で「The Lottery of Life」、すなわち母国がどこかによって変わる「人生ロト」測定だ。現在の生活に対する満足度、国民所得、天気、犯罪率などの指標、そして来年生まれる新生児が17歳になる2030年に予想される各国の経済・社会的状況を数値化して点数をつけた。調査の結果、スイスが1位、韓国は19位だった。日本、フランス、英国よりましだから良い方ではないか。
それでも韓国社会はヒーリングに飢え、経済協力開発機構(OECD)加盟国で自殺率1位のような統計数値を繰り返してぐらつく。他の機関が測定した国別幸福度調査で1・2位を争うバングラデシュやブータンを見ろという。英国の新経済財団(NEF)が今年出した幸福指数(HPI)によると、韓国は143カ国中68位にすぎない。しかしHPIは期待寿命や満足度とともに環境を考慮した「生態学的足跡指数」が含まれるため韓国は不利にならざるをえない。バングラデシュが幸せだと? 3日前に安全基準や労働環境が劣悪な衣類工場で火災が起こり117人以上が死亡した国がまさにバングラデシュだ。大韓民国の国民は十分に自負心を持っても良い。少なくとも幸福の客観的条件は備えた。残りは各自の「内面の力」の役割だ。
「幸福は成績順ではない」という。これも間違いだ。経験則では成績が良かった人が後で幸せになる確率がどうしてもさらに高い。私たちは冷静な現実と、こうだったらという希望・当為の社会をたびたび混同する。いや、混同したがる。主観的現実があまりに余裕がないせいだろう。
国別幸福度ランキングに関心を注ぐ背景にも、「幸福と物質的富は別」と信じたい心理が背景にあるのではないか。先週アフリカのタンザニアとウガンダを旅行しながら、基本的な物質的欲求充足がどれだけ重要なのか改めて感じた。英週刊誌のエコノミストが22日に発行した年末特集「2013年の世界」に、「来年どこの国で生まれたらさらに幸せだろうか」という題名のおもしろい調査結果が載せられた。英語で「The Lottery of Life」、すなわち母国がどこかによって変わる「人生ロト」測定だ。現在の生活に対する満足度、国民所得、天気、犯罪率などの指標、そして来年生まれる新生児が17歳になる2030年に予想される各国の経済・社会的状況を数値化して点数をつけた。調査の結果、スイスが1位、韓国は19位だった。日本、フランス、英国よりましだから良い方ではないか。
それでも韓国社会はヒーリングに飢え、経済協力開発機構(OECD)加盟国で自殺率1位のような統計数値を繰り返してぐらつく。他の機関が測定した国別幸福度調査で1・2位を争うバングラデシュやブータンを見ろという。英国の新経済財団(NEF)が今年出した幸福指数(HPI)によると、韓国は143カ国中68位にすぎない。しかしHPIは期待寿命や満足度とともに環境を考慮した「生態学的足跡指数」が含まれるため韓国は不利にならざるをえない。バングラデシュが幸せだと? 3日前に安全基準や労働環境が劣悪な衣類工場で火災が起こり117人以上が死亡した国がまさにバングラデシュだ。大韓民国の国民は十分に自負心を持っても良い。少なくとも幸福の客観的条件は備えた。残りは各自の「内面の力」の役割だ。
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