フランスの閣僚に起用されたフルール・ペルラン氏。
韓国系養子の芸術家が家族と友人を招いてオークランドの韓国料理店で開く公演も観覧する機会があった。公演はもちろん韓国人、白人、黒人、ヒスパニックなどからなる観客の熱烈な呼応と応援も見ものだった。養子が体験した屈辱と苦痛をブラックコメディに仕上げた公演も、両親の反対で米国への養子縁組が挫折した子どもの代わりにその子どもの名前で養子縁組された数奇なストーリーを描いたドキュメンタリー映画「一人称複数」もとても印象的だった。「あなたはある夜、イ・グァンスという韓国の名前を記憶する/その時間に歌えるひとつの歌、グァンスは/明るく光れという意味、何かを照らせる存在になれという意味」(リ・ヘリック、「救援」)。養子の痛みを歌った詩人の声も記憶に残っている。
【コラム】われわれが忘れている海外養子(2)
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