独立運動家の金奎植(キム・ギュシク、左)博士と書簡の原本。
朴興信(パク・フンシン)駐仏韓国大使は11日(現地時間)、「金奎植博士の書簡をフランス教育省コサビエ・シロン中等教育首席奨学官から伝えられた」とし、書簡の原本を公開した。
この書簡は、金博士が大韓民国臨時政府代表の資格でパリ講和会議に出席し、日本の侵略を糾弾した当時に作成されたものだ。 書簡で金博士は「私たちの独立要求は‘卵で岩を砕く’ような難しい抗争」とし「しかしポーランド・チェコスロバキア・クロアチアがドイツ・オーストリアに対抗して主権を回復したように、韓国も日本から独立できることを望む」と明らかにした。
整ったフランス語筆記体の書簡はA4用紙サイズの紙で作成され、金博士の流暢なフランス語文章力が目を引くと、大使館側は伝えた。
この書簡を発掘したシロン首席奨学官は「パリ講和会議のフランス代表だった当時のジョルジュ・クレマンソー首相がアジアの状況にもう少し敏感だったなら、歴史が変わっていたかもしれない」と遺憾を表した。
1881年に釜山(プサン)で生まれた金博士は臨時政府の副主席、外務総長などとして活動し、光復軍の養成にも力を注いだ。 韓国戦争(1950-53)当時に北に拉致された後、同年12月10日に死去した。 1989年に建国勲章大韓民国章が授与された。
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