金寛鎮国防部長官。
北朝鮮の延坪島(ヨンピョンド)砲撃挑発直後の昨年12月に就任した金長官のカウンターパートは、北朝鮮の国防長官にあたる金永春部長だ。2000年代中盤に後継者である金正恩(キム・ジョンウン)の生母の高英姫(コ・ヨンヒ、2004年死亡)の軍内偶像化を先導した人物だ。2009年2月に人民武力部長に昇進した。しかし金寛鎮長官は、彼以上に金格植に対しては神経を尖らせているという。休戦線を間にはさんで、野戦から交えてきた相手であるためだ。2005年、金寛鎮が合同参謀作戦本部長を終えて、ソウルと首都圏の防御を主任務とする3軍司令官を務めていた時、金格植は反対側で2軍団を指揮していた。2軍団はソウル・京幾(キョンギ)北部を攻撃対象としている。軍関係筋は「当時、2人の間には目に見えない神経戦がかなりあったと聞いている」と話す。金長官が2006年11月~2008年3月に合同参謀議長だった時、金格植は金永春に続き、軍の総参謀長(2007年4月~2009年2月)を務めていた。金格植は、続いて黄海道(ファンへド)と西海(ソヘ、黄海)北方境界線(NLL)を管轄とする4軍団長として下ってきた。“降等(階級が下がること)”というよりは、全権をもってNLLを武力化せよという任務を負ってきたと韓国軍は分析している。2009年11月大青(デチョン)海戦や昨年11月の延坪島砲撃挑発は、金格植が主導したと把握されている。そして昨年3月の哨戒艦爆沈は、彼が金英徹(キム・ヨンチョル)偵察総局長とともに企てた挑発であると韓国軍は分析している。
韓民求(ハン・ミング)合同参謀議長の執務室にも北朝鮮軍のカウンターパートである李英浩(イ・ヨンホ)軍総参謀長の写真が掛かっている。韓議長が机に座るとすぐ目に入る壁面に位置している。2009年2月、金格植のあとを継いで総参謀長になる前、平壌(ピョンヤン)防御司令官を務めた李英浩は、金正恩後継体制の局面で急浮上した実勢だ。金正恩と並んで労動党中央軍事委副委員長を務めているうえ、党政治局常務委員でもある。何の偶然か、韓議長も2006年から2年間、首都防衛司令官を務めていた。
軍関係筋は「金長官と韓議長は哨戒艦と延坪島という前代未聞の北朝鮮挑発があったため、再挑発はさせないという緊張感の中で一日一日を送っている」と話す。「戦争を忘れれば必ず危機が来る」と言う“忘戦必危”の精神を2人共が頭の中に持っているというのだ。軍関係筋は「国防省指揮統制室の廊下には、炎に包まれた延坪島の写真と、今年1月の海軍のアデン湾の黎明作戦を撮影した写真も掛かっている」と話した。
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