民主主義の典範といわれる米議会でも暴力が乱舞したことが少なからずある。 1798年には下院議員のロジャー・グリスワルドとマシュー・リヨンが杖と火かき棒を振り回しながら争った。 リヨンが自分の経歴に難癖をつけるグリスワルドに唾を吐いたからだ。 約50年後の1856年はもっと激しかった。 南部出身のプレストン・ブルックス下院議員が上院に乱入、チャールズ・サムナー上院議員に杖で殴りかかり、血まみれにさせた。 サムナーが体が悪い親せきのアンドリュー・バトラー上院議員を侮辱したという理由だった。 その後、議事堂には護身用の杖や拳銃を所持した議員が増えた。
20世紀にも議会の暴力は相変わらずだった。 1902年には同じ民主党上院議員のベンジャミン・ティマンがジョン・マクローリンに飛びかかって拳を振るった。 フィリピン支配が不当だというティマンに向かってマクローリンが悪口を浴びせたのだ。 議事堂は乱闘場となり、止めに入った議員らもけがをした。
20世紀にも議会の暴力は相変わらずだった。 1902年には同じ民主党上院議員のベンジャミン・ティマンがジョン・マクローリンに飛びかかって拳を振るった。 フィリピン支配が不当だというティマンに向かってマクローリンが悪口を浴びせたのだ。 議事堂は乱闘場となり、止めに入った議員らもけがをした。
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