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“ステルス北核工場”…偵察衛星でも事実上捕捉不可能

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
北朝鮮の高濃縮ウラン(HEU)核兵器開発計画がついにベールを脱いだ。2002年10月に北朝鮮がこの計画を訪朝した米国政府代表団に認めたことで拡大した第2次核危機の発端の実体が北朝鮮自らの公開によって明らかになったのだ。

これまでこの計画の真偽をめぐり米情報機関と国内で議論が起きていたが、今回終止符を打つことになった。ウラン濃縮のための遠心分離機を直接見て脅威だと判断したのは米国屈指の核科学者でもあるスタンフォード大国際安保協力センターのジークフリード・ヘッカー所長だったためだ。

北朝鮮のウラン濃縮問題は8年前に初めて起こった。2002年10月に北朝鮮を訪問したケリー米国務次官補が帰還後、「北朝鮮がHEU核開発計画を認めた」と話し、第2次核危機が始まった。ケリー次官補一行が遠心分離機用の高強度アルミニウム管輸入通関資料など北朝鮮のHEU核開発計画の証拠を突きつけると、すぐに北朝鮮の姜錫柱(カン・ソクチジュ)外務省第1次官(現副首相)は「それよりももっと大きいものも持つことになっている」として認めたというのがケリー次官補の主張だった。当時北朝鮮はドイツからのアルミニウム管輸入に失敗すると、すぐにロシアから分離器2500個を作ることができる量を買い入れたことがわかった。


ケリー次官補の北朝鮮訪問から1カ月後、米国をはじめとする韓半島エネルギー開発機構(KEDO)は北朝鮮への重油支援を中断した。12月には北朝鮮が核凍結解除を宣言し、翌年1月に核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言して対抗するなど、ウラン濃縮計画は第2次北核危機の震源地だった。北朝鮮は2003年8月に始まった6カ国協議でウラン濃縮の事実を否認するなど、米国の疑惑提起を“北朝鮮圧殺のための偽りの主張”と決めつけた。

2006年10月の北朝鮮の核実験敢行以後、プルトニウム核開発に関心を傾けながらウラン濃縮方式は一時世論の裏側に回ったようだった。だが、昨年6月に外務省声明を通じて「ウラン濃縮技術開発が成果的に進行され試験段階に入った」と明らかにし、長い時を経てHEU開発計画が進められていたことを認めた。ヘッカー所長に遠心分離機を見せたのは、1年余りでこれを実物として公開したものとみることができる。特にヘッカー所長は北朝鮮の遠心分離施設が“超現代的統制室(an ultra-modern control room)”を持つと明らかにした。外貨不足など経済難と国際社会の制裁にもかかわらず、ウラン兵器製造過程の基礎を固めたと評価される。北朝鮮はこれまで煙幕を張りながら時間稼ぎをしたという指摘が出ている。



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