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田中派vs福田派3次戦争勃発か

1972年7月、自民党総裁選挙。当時、田中角栄と福田赳夫両議員が熾烈に争った末、田中氏が勝利した。2人の漢字の名前から1文字ずつ取って「角福戦争」と呼ばれたこの争いで勝った田中は日本の首相となった。

この争いは以後、日本の政治を動かした流れの始まりだった。田中氏が不法政治献金事件である「ロッキード事件」で退き、福田氏が76年に首相になったが、田中派は相次いで首相を輩出する最大派閥に成長した。田中氏から直接政治を学んだ人が小沢一郎現民主党代表代行だ。田中氏の寵愛を受け「自民党の皇太子」と呼ばれて自民党を牛耳った。彼は93年、宮沢内閣が解散後、内部権力闘争の末、離党するまでは田中派の確かな首相候補だった。

田中派と福田派の状況は2000年、森喜朗首相の登場で逆戦した。2001年、首相になった小泉純一郎氏は党内福田派の力を極大化させた。福田赳夫氏の秘書として政界に入門した小泉氏は2005年、郵政民営化を叫んで衆議院を解散した。郵政民営化には田中派を支援してきた郵政勢力を弱化させようとする計算も盛りこまれていた。


田中氏の娘である眞紀子氏が民主党に入党することで「角福」戦争は政権に向けた政党争いへと拡がった。小沢氏は2007年参院選挙で大勝した当時、安倍首相を追い出し、後任の福田首相とは与野党戦争をした末に辞退させた経験がある。



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