作戦成功後に撮影された記念写真。少数の人員で大きな戦果をあげた、隠れた勝利の主役。(写真=戦争記念館)
午前7時に京畿湾に布陣した米第95機動部隊の支援砲撃が始まると、そのスキに特攻隊が造船機械製作所埠頭(現万石埠頭)に上陸した。橋頭堡を確保したキム・ジョンギ少佐はそれぞれの目標を制圧した後、午後9時までに気象台高地(現自由公園)に集合するよう命じた。大部隊が上陸したように欺まんするために「第1大隊突撃前へ、第2大隊突撃前へ」と叫ぶと、共産軍は戦意を喪失して逃走した。
ついに午後9時に我軍は仁川港を監視できる気象台高地を確保し、戦闘は幕を下ろした。規模が小さくあまり知られていないが、作戦の意義は大きかった。サンダーボルト作戦と命名された反撃当時、仁川西側の側面を我軍が占領すると、背後の遮断を恐れた共産軍は応戦をあきらめて漢江(ハンガン)を渡って北に退いた。第2次仁川上陸作戦は闇の中の光のような勝利だった。
米軍撤収を防いだ「第2次仁川上陸作戦」37人の特攻隊(1)
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