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「グッバイ、ファントム」…韓半島の空を55年間守った韓国戦闘機の告別飛行

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

9日、告別国土巡礼飛行中に水原(スウォン)上空を飛ぶF-4Eファントム編隊。胴体の側面には「国民の手から国民の心に1969-2024」と書かれている。 [写真 空軍]

55年間にわたり大韓民国の領空を守ったF-4Eファントム戦闘機が9日、告別飛行を終えた。水原(スウォン)空軍基地を離れ、ファントムの足跡が残る主要拠点を回る国土巡礼飛行だった。来月7日の公式退役式を控え、韓半島(朝鮮半島)の主要領空を見回るという意味が込められていた。

空軍のファントム機は1969年8月、ベトナム戦争に参戦した韓国に対して米国が軍事援助として6機のF-4Dを支援した。75年に5機のF-4Eを追加で導入する際、国民から集めた防衛資金163億ウォンのうち71億ウォンが投入された。最大190機にのぼる韓国のファントム系列の戦闘機は次々と退役し、現在はF-4Eが10機ほど運用されている。朴正熙(パク・ジョンヒ)元大統領が1975年に5機のF-4Dに付けた「必勝編隊」という名称は、第153戦闘飛行大隊所属の最後に残ったF-4Eの4機編隊に維持されている。

ファントムはF-15戦闘機が登場するまで数少ない複座型戦闘機の一つだった。武器統制士と呼ばれる後方席の操縦士は▼レーダー運用▼座標入力▼空対地レーザー誘導爆弾(LGB)ターゲティングなど武装を統制する役割を担う。ファントムの後方席操縦士として830時間飛行したイ・ソンジン大邱(テグ)第11戦闘飛行団副団長(大佐)は「空対地ミサイルのポップアイをはじめ最大8480キロという相当な武装を搭載できた」とし「『ファントムが現れた』といえば北はその幽霊のような威容に押されて飛行機を飛ばさなかった」と話した。ファントムの別称が「空の幽霊」である理由だ。


ファントムは71年に小黒山島(ソフクサンド)に出現したスパイ用船舶を撃沈する作戦に投入され、83年に北朝鮮の李雄平(イ・ウンピョン)大尉がミグ19機で延坪島(ヨンピョンド)上空に亡命した時も作戦遂行に成功した。83年と84年にはそれぞれ旧ソ連のTU-16とTU-19爆撃機を、84年には原子力潜水艦を遮断した。98年2月にはロシアIL-20偵察機に対する戦術措置も取った。

退役したファントムは全国各地に展示される予定だ。一部は空軍基地の滑走路周辺に配置され、北朝鮮軍の誘導弾や各種探知装備をかく乱するための「デコイ」の役割をする。この日、ファントム飛行に参加したパク・ジョンホン少佐は「不滅の幽霊ファントムは退役後にも大韓民国空軍操縦士の胸中に永遠に生きて呼吸するはず」と話した。



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