日本が1854年、米国と小笠原群島の領有権をめぐって争う過程で、独島(ドクト、日本名・竹島)と鬱陵島(ウルルンド)が‘朝鮮に属する’(a La Coree)と明示されたフランス版地図を提示しながら、小笠原群島の領有権を獲得したと、世宗(セジョン)大の保坂祐二教授(49)が主張した。
問題の地図は林子平という日本人が1786年に制作した‘三国接壌之図’のフランス語翻訳本。 日本版地図にも独島と鬱陵島の2島について‘朝鮮の持也’と明記されている。 この地図の存在はこれまでも知られていたが、その意味は無視されてきた。
問題の地図は林子平という日本人が1786年に制作した‘三国接壌之図’のフランス語翻訳本。 日本版地図にも独島と鬱陵島の2島について‘朝鮮の持也’と明記されている。 この地図の存在はこれまでも知られていたが、その意味は無視されてきた。
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