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青瓦台“影武者たちの24時” …その②

死ぬ覚悟で出勤…退任後は家族サービスしたい

アウンサンテロ事件について尋ねた。

83年10月ミャンマーを訪問した全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領と随行員を対象に北朝鮮がテロを起こし、徐錫俊(ソ・ソクチュン)副総理など17人が死亡、14人が重軽傷を負った。警護史の汚点だ。


--アウンサン事件の当時どこにいたのか。

「当時スリランカの先発隊にいた。爆破事件が発生したときスリランカ空港に到着し、宿舎へ移動中だった。私が担当した場所はスリランカ植物園だった。テロが発生し先発隊とともに撤収した」

--当時警護室の内部で組織改編やあの事件を契機に変わったことがあったか。

「あの事件は警護外交的に問題があった。聖域という理由でアウンサンに対する安全チェックができなかった。各国ごとに聖域がある。その場合、訪問国に警護を任せる場合があるが、可能な限り、合同で警備を行わなければならない。途上国家を訪問する場合、現場で安全措置を取るべきだったのに、それができなかった。問責人事などがあった」

--室長が警備室に入局したときと今との違いはなにか。

「あのころは準公開採用であった。軍特殊部隊、体育関係などの機関長の推薦を受けて集まった人の中から試験を受けた。いまは誰でも試験を受けられる。警護職だけの7級公務員試験をまず受ける。試験後、合格した人の中から7段階を経て、体力検査、身元調査、面接などさまざまな過程をたどるので競争が非常に激しい」

--青瓦台の警護員らは毎朝大統領のために死ぬ覚悟をして出勤するらしい。朝と夕方の思いはどうなのか。

「行事がある日は寝られない。就任式のような複雑な行事を目の前にすると寝ていても途中で起きてメモをし、運動しながらも悩む。そして全てが終われば張り詰めていた緊張が解ける。心の健康には良くない」

--2005年、釜山(プサン)APEC開催時にロシアの大統領警護員らが小型機関銃を持ち込み、これを制止したという話がある。

「機関銃の携帯を許してくれと要請されたが、韓国の警護室が拒否した。基準(銃身が長すぎてはいけない)があるからだった」

李明博次期大統領は「1週間に1回は青瓦台の外に出る」と言っている。当選した後も所望(ソマン)教会に出席した。それについて。

--大統領が教会のようなオープンにな場所を訪ねるのは危険ではないか。

「決まった時間に決まった場所を常に訪れるのは警護上、してはいけないことだ。儀典チームと警護室が調整しなければならない。しかし警護室は大統領の日程に従わなければならない」

江原道原州(カンウォンド・ウォンジュ)出身の廉室長は、東大門(トンデムン)商業高校と慶煕(キョンヒ)大学経営学科を卒業した。娘が数日後に大学を卒業するとうれしそうに話す彼は警護室長を辞めた後、今までできなかった家族のために時間に過ごしたいと話した。

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