大韓帝国皇帝である高宗(コジョン)が日本に外交権を奪われた乙巳条約(ウルサ、第2次日韓協約、1905年)の不当性を知らせ、支援を要請するために1906年5月、ドイツのヴィルヘルム2世に送った密書が発見された(写真)。高宗が1907年6月、李儁(イ・ジュン)烈士などを通じてオランダハーグ万国平和会議に送った密書より1年1カ月早いのだ。
国史編纂委員会が2003年ドイツ外交部政治文書保管所が所蔵していた韓国関連外交文書をコピーして翻訳・解釈してきたが、19日、チョン・サンス明智大(ドイツ史)研究教授が初めてこの密書を確認した。
国史編纂委員会が2003年ドイツ外交部政治文書保管所が所蔵していた韓国関連外交文書をコピーして翻訳・解釈してきたが、19日、チョン・サンス明智大(ドイツ史)研究教授が初めてこの密書を確認した。
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