ムーア川が南北に都市の中央部を横切るオーストリアのグラーツ。クンストハウスの前にムーア川が流れ、後方でには東欧からの移民者と低所得層が住む新市街地が広がっている(左)。アクリルパネルで外装をした建物内部からは中産階級が住む旧市街地が見える(右)。 |
美術館、裕福層と庶民の心の壁を崩す
グラーツ市はクンストハウスを建設することで、川の東と西に分かれていた都市に融和をもたらした。
オーストリアの歴史都市グラーツ(Graz)市を南北に横切るムーア川の東に立っているエッゲンベルク城。高さ123メートルの絶壁の上に建てられたこの城は川向こうの西側の侵入者から城の下に広がる市街地を守る最適の要塞でだった。グラーツという都市名前は「要塞」という意味のスラブ語が語源だという。現在、ここはグラーツで最も望めが良い場所だ。
城の周りでは曲がりくねった路地と中世の建物が良い状態で保存されている。1999年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は人口22万人のグラーツを世界文化遺産でに指定した。一方、川の西岸には東岸とは違う新市街地の姿がある。赤い屋根の家がぎっしりと道に沿うように建てられている。遠くには10階建ての現代的な建物も建っている。
川の西岸に建っている建物のひとつに視線を引かれる。宇宙船のようなかたちでもあり、軟体動物のようなかたちのようでもある。流線型もように全体的に青い色を帯びており、建物を取り巻いているアクリルパネルが冬の日差しを反射させる。中世の都市には似合わない建築様式だ。グラーツ市が2003年に建てた“クンストハウス(Kunsthaus)グラーツ”だ。
「“身近な宇宙人”というニックネームを持っているんですよ。美術館を建設した際にも反対意見が少なくありませんでした。でも今はグラーツの新しい名所でとして定着しています」
クンストハウスキュレーターのアダム・ブラークさんは「ユニークなデザインの美術館が川の両岸に住む人々を1つにする役割を果たしている」と説明した。
ムーア川の両岸は階層によって分かれていた。中世遺跡が多く保存された東岸の旧市街には中上流層が住んでいる。その一方で後から開発された西岸には東欧からの移民者と低所得層が暮らしている。川の西岸は犯罪率が相対的に高く、東岸の人々はよっぽどのことがなければ川を渡ることはなかった。多くの文化施設は東岸に集まっていた。新市街地の夜は危険で暗かった。
グラーツは2003年欧州連合(EU)から「ヨーロッパ文化の首都」として指定されると、文化施設が少ない西岸地域を「文化地域」として開発することにした。それに続いてムーア川を境に分断されたグラーツを融和させる美術館を建てることにした。社会的、文化的に分かれた東岸と西岸地域の住民たちの統合を試みるためだった。著名な英国の建築家、イギリスの建築家ピーター・クックとコリン・ファーニアが設計を担当した。
その結果がこのクンストハウスだ。
4階建ての美術館は流線型の青いアクリルで外装した。屋根の上にはタコの足の吸盤のようなかたちをした9本の触手を設置した。曲面のアクリル内側には600個の円形蛍光灯が設置されている。この蛍光灯は1つひとつがピクセルとして作用し、毎夜、さまざまなイメージを引き出す。
クンストハウスは午前7時から午後10時まで毎時間の定刻10分前に5分間、超低音の振動音も出す。あたかも生きている生物のように都市とコミュニケーションをとっているのだ。
クンストハウスに所蔵品はなく、現代美術を展示する実験の場として使われている。この場所の周辺にはジャズバー、アトリエ、コンサートホールなど小さなコンサート会場とカフェが並ぶ。ここに東岸の住民たちが訪れ、西岸の住民たちとコミュニケーションをとる空間になった。キュレーターのブラークさんは「カルチャースペースを通じて階層社会の統合が可能になるということを示してくれる建築物だ」と話した。
◆ムーア川の人工島は…
川幅の約40メートルのムーア川にはクンストハウスとほぼ同じ時期に歩行橋の機能を兼ね備えた人工島が設置された。浮力で浮いている鉄鋼構造物上に鉄骨とプラスチック素材を使い、カフェと野外ステージを建て、これを鋼鉄構造の橋で川の両岸を結んだのだ。
貝のかたちをしているカフェは外壁を透明なガラスで覆っている。自然採光を利用し、川の両岸が同時に見えるように設計したのだ。夜はカフェの照明が放つ光が人工島全体の夜間照明になる。カフェには最大で350人が収容できる。野外舞台では春から秋まで毎日ジャズコンサートやマイムの公演が行われている。この場所を通じてグラーツの東岸と西岸に住む人々が自然に交流できるように設計されている。川の両岸の融合を象徴している。人工島の職員は「グラーツ市民はもちろんドイツ、ハンガリー、チェコなど外国から数多くの観光客が訪れ、高収益を上げている」と語った。
クンストハウス
▲位置=オーストリア・グラーツ ムーア川周辺
▲開館=2003年10月開館。建築家ピータークック、コリン・ファーニア設計、工事費約57億円。
▲構造=青いアクリルで外装を施した4階建ての流線型建築物
▲用途=現代美術の作品展示
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