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レナテ・ホン氏「夫との再会を」、北に嘆願書



「夫のドイツ入りが不可能ならば、北朝鮮を訪れることもできます。どうか金正日(キム・ジョンイル)委員長の支援を期待できるでしょうか」。

46年前、留学生だった北朝鮮人の夫と生き別れをしたレナテ・ホン氏(70)の声が震えた。23日、韓国入りしてから3日目を迎えた同氏は、国内外の報道陣と記者会見した際、南北(韓国・北朝鮮)の首脳あてに送る嘆願書2通を公開した。同氏は、金委員長あての文で「おそらく不可能なことも可能にできる外交的方法があるのではないだろうか」とし、「(家族との再会を)助けてほしい」と要請した。


ホン氏は「別れる当時、ずっと会えなくなることは予測できなかった」とし「夫にもう一度会いたいという気持ちは日々強まっている」とした。また「10月2日に開かれる南北首脳会談で、私のようなドイツの離散家族の苦しみも減らしてくれることを願いたい」と訴えた。

ホン氏は同午後、青瓦台(チョンワデ、大統領府)を訪れ、自身の嘆願書を盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と金委員長に渡してくれるよう要請した。ホン氏の記者会見には、AP・AFP・ロイターを含む通信大手と韓国内の地上波テレビ局3局など国内外の報道陣が殺到。次はインタビュー内容をまとめたもの。

-夫と別れる当時、どんな気持ちだったか。

「当時生後10カ月の長男を抱いたまま見送りをした。息子が両手を広げて『パパ』と似たような発音をした。彼の目と顔を見た。涙ぐんでいた。いつも明るく強かった夫のそうした姿は一度も見たことがなかった。それが記憶の全部だ」。

-夫を恨んだことはなかったか。

「当時の政治的状況のため帰国したのだ。この46年間、夫と別れたままだったが、北朝鮮当局をはじめ誰も恨んだことはない。時代的な運命だった」。

-夫に会うためどんな努力をしてきたか。

「別れた後、東ドイツ外務省と北朝鮮大使館に再会を依頼した。だが当時国家の再建が急がれていた北朝鮮当局からは、留学した人材を行かせることはできない、との答弁を得た。東ドイツ当局も、それ以上助けられない、とした。ひとりで会社に通いながらの子育て(息子2人)が厳しく、それ以降はほぼあきらめていた。しかし、韓国の離散家族再会に関連したニュースに接した後、可能なのでは、と期待するようになった」。

-北朝鮮の夫は再婚した模様だが、万が一再会できた場合のことは考えたか。

「新しく家庭を設けた夫を困らせたくはない。でも、私も夫も70代の高齢者。私が欲張ることはできないものの、夫は息子2人の顔を一度は見るべきなのでは。夫も私達に一度会いたがっているだろう、と確信している」。

-夫が離れる前に「別れるかも知れない」と語ったことはないか。

「全くなかった。勉強が終われば家族全員が北朝鮮入りする、という計画を立てていた。とりわけ、夫は息子への愛情が深かった。長男ヒョンチョルが生まれた後、夫はいつも息子を抱いていた。赤ちゃんが寝る時間だと話しても、ずっと抱いていた」。

-今後の計画は。

「家族との再会は人道レベルの問題。ドイツや韓国という国境を離れて、離散家族の再会問題が解決できるよう熱心に闘争する考えだ」。



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